『ワンダーウーマン』作者はふたりのフェミニストと家庭を築いていた その知られざる人生と作品への影響

『ワンダーウーマン』作者の秘密の共同生活

作家マーストンの日常生活

 アメリカ陸軍諜報局のスティーブ・トレバー大尉が操縦する飛行機が、女だけが住むアマゾン族の島「パラダイス・アイランド」に墜落する。偶然、事故を目撃したダイアナ姫は彼を救出し、母国に送り届けるのだった……。

 これは1941年の誕生以来何度も語られる『ワンダーウーマン』のオリジン・ストーリーの定型であると同時に、『ワンダーウーマン』の原作者であるウィリアム・モールトン・マーストン自身の私生活を色濃く反映するものだった。なぜなら、彼はもう一つの「パラダイス・アイランド」に暮らしていたのである。彼はポリアモリーを実践し、1920年代半ばからエリザベス・ホロウェイとオリーブ・バーンという共に熱烈なフェミニストだったふたりの女性と家庭を築いていたのだ。

 しかし、この生活についてマーストンは生涯明かさなかかった。というよりも、キリスト教の道徳が強いアメリカでは、言うまでもなく「逸脱」にあたる生活であるがゆえに明かせなかった。ハーバード大学で歴史の教鞭を取りながら、ニューヨーカー誌に寄稿するジル・ルポールによる『ワンダーウーマンの秘密の歴史』は、まさに「ワンダー!」なマーストンの新事実を掘り起こす一冊だ。

 ちょっとどこから話を始めればいいのか混乱するくらい、マーストンは秘密と嘘を抱えた生涯を送ってきた。SMにハマり、エロ本に寄稿し、詐欺罪で逮捕される……など枚挙にいとまがない。西崎義展を彷彿させるような山師な人生を送ってきた。しかし、皮肉なことに彼の『ワンダーウーマン』の次に重要な仕事は心理学に基づいて「嘘発見」テストを開発したのだ。自らが嘘を抱えながら!

 というと、おちょくっているようだが、マーストンの嘘発見器への貢献は非常に大きい。彼は、嘘をつくとき人間の血管が収縮することを発見し、その血管運動を記録する装置=嘘発見器を完成させた。被告が偽証をしているかを、嘘発見器と人間による観察で判別する対照実験では、人間が偽証を見抜けたのは50%程度だったのに対して、マーストンの嘘発見器は96%の精度で嘘を見抜いた。この装置を、刑事司法に導入しようと働きかけ、1923年のフライ裁判の際に彼は世界で初めて嘘発見器による検査を、裁判の証拠として提出したのだった。裁判長によって証拠としては却下され採用されることはなかったものの、この事件でマーストン「嘘発見器の父」として一躍有名となった。嘘発見器の英語版ウィキペディア(Polygraphの項)では、いまでも特筆すべき人物として彼に関する記述が記されている。

 が、彼は「嘘発見器の父」として時の人となったと同時に、絶望の淵に追いやられる。逮捕されたのだ。マーストンが社長を務めていた会社の共同経営者から契約不履行を訴えられた。このスキャンダルによって、嘘発見器の研究で持っていたアカデミックポストから、永遠に追放されてしまったのだ。

 ここで思い起こしてほしい。ワンダーウーマンのアイコニックな武器を。そう「真実の投げ縄」だ! 彼女の輪に捕らえられた者は強制的に真実を喋らせることができる。マーストンが司法という正義の場に導入しようとしていた、秘密兵器がほとんどそのままの形で導入されていると言える。

 これは、深読みではない。むしろ『ワンダーウーマン』という作品は、彼の願望なり信じるものを大いに反映させた作品だと、自らが語っている。

「率直に申し上げると、ワンダーウーマンとは、世界を支配すべきであると私の信じる新しいタイプの女性についての、心理学的プロパガンダなのです」

 『ワンダーウーマンの秘密の歴史』の冒頭には、マーストンのこの言葉が掲げられているのだ。

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