大今良時『不滅のあなたへ』は“すべてが記録され、複製される時代”の寓話となる

アニメ化『不滅のあなたへ』今読むべき理由

「すべてが記録される時代」に人間の生はどう変容するかを描く寓話

 筆者は本作を「超大容量ハードディスクが人間のような感情を持ち、人間活動に関わるようになったら?」という話として読んだ。何を唐突に? と思うかもしれないが、こういうことだ。

 いまや多くのデータが記録され、記録されたデータはコピーできる時代である。文字、画像、動画だけでなく、3Dプリンタを使えば立体物も複製できる。今後、人類は大容量記録とデータ複製をますます、より多様な領域で可能にしていくだろう。

 そしてそんな記録=複製媒体が意識を持ち、人間を助けるために行動し始めたらどうなるか? フシは今後生まれうるかもしれない、そうした存在として読める。

 誰かが死んでも、その人に関する記憶を別の誰かが持ち続けるかぎりは、その人に関する記憶は生きている。しかし誰かに関する記憶が、その人を知るすべての人から失われたとき、その人は二度目の死を遂げる。それに抗うには文字や絵、写真や動画などで記録しておくしかないが、それらは情報が欠落した不完全なものとならざるをえない。これがそれまでの人類の常識だった。

 ところがフシは死なず、強い刺激を受けた物や食べ物は複製でき、生きものならその姿になることができる。最強の記録媒体である。フシによって記録され、複製可能な存在は、永久に死ななくなることに等しい。だからフシは極力、触れ合ってきた人々との記録=記憶=生命を守ろうとする。

 そしてフシが記録できるものの範囲はどんどん広がり、自然物や建造物、街全体すらをも複製できるようになる。1960年代には「意識の拡張」が謳われ、人々はホールアース(全地球的)な認識を獲得した。フシは60年代の夢さながらに自らの意識を自然と調和させ、地球と一体化させていく。それはニューエイジ的な精神世界の話ではない。フシは一体化させたものを複製できるからだ。

 そうやって情報を蓄積した無数の自然物、建造物、武器、人々を縦横無尽に取り出し活動するフシの姿は、暦本純一が提唱する「人間拡張」(テクノロジーにより人間の能力を拡張し、接続しあい、いつでもどこでも利用可能なものとして遍在化させること)の行き着くだろう世界に似ている。しかし一方で、この現実世界に目をやれば、記録され、複製され、利用できるものが無闇に増殖していくことは、気味が悪いこととも思われている。

 2019年の紅白歌合戦に出場したAI美空ひばりをめぐる議論やいわゆる「忘れられる権利」の存在、あるいは人々のライフログが国家に筒抜けの監視社会化が進む隣国のことを考えると、蓄積されたデータの勝手な利用を食い止め、記録を消し去ること、記録が消えていくことは、すべてが必ずしも悪ではない。とすれば、保存と無断複製を続けるフシがはたして正義と言えるのか、はたまた消し去ろうとするノックのほうが自然の摂理にかなっているのかは、微妙なところだ。

 このように『不滅のあなたへ』は、人類が近づきつつあると感じている「すべてが記録され、複製され、第三者によって利用される時代」が訪れたときに何が起こるかを描いた寓話として読める。

これから始まる第2部は打って変わって現代日本の女子高生が主人公?

 文明レベルが古代から徐々に時代を下ってきた第1部「前世編」は2020年1月17日刊行のコミックス12巻で完結する。予告を見るかぎり、第2部は現代日本の女子高生が登場するところから始まるようだ。まったくどこに向かうのか、今のところ未知数だ。

 すべての謎が解明されるのではなく、多くの謎が残されたまま終わる可能性もある。そうなったとしても、それはそれでかまわない。

 「答えよりも問いが多い」ことはル・グィンの『ゲド戦記』や荻原規子の勾玉三部作をはじめとするすぐれたファンタジー文学の特徴であり、それゆえに読者それぞれの解釈を誘発し、深く、多面的に考えさせるものとなるからだ。

 ただいずれにしても今なら「この話はいったいどこに向かっていくんだろう? どう着地するんだろう?」と読者同士が互いの考察を交わしながら読むという「連載をリアルタイムで追う」ことならではのおもしろさが体験できる。それを逃す手はない。

 読むなら今だ。

 ■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。

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