連載「lit!」第102回:ビリー・アイリッシュ、デュア・リパ、トミー・リッチマン……音楽シーンを騒がせる真の注目作

 2024年の音楽シーンはいつにも増して騒がしい。メガポップスターの新作が次々と咲き乱れているのもその理由だし、ラップシーンで巻き起こっている稀に見る大規模なビーフに多くの人々が熱狂しているのもその理由のひとつだ。しかし、真に歓迎すべきは、アーティストのさらなる発展を目にしたり、新たな才能が発掘されたりすることだろう。

 やはり音楽シーンの中心はビリー・アイリッシュなのだろうか。興味があろうとなかろうと、ソーシャルメディア上で彼女の言動は逐一目に入ってくる。例えばテイラー・スウィフトのようなスターがCDやレコードをアートワークの種類を変えて複数形態でリリースする手法を地球環境によくないと非難(後にその矛先は自分自身にも向けていると補足)したり、実はずっと女の子が好きだったと明かしたり、性的なことについてもインタビューなどで赤裸々に語ったり……。4月に開催された『Coachella Valley Music and Arts Festival 2024』(以下、『コーチェラ』)ではヘッドライナーを務めたラナ・デル・レイのステージに登場し、自身の「Ocean Eyes」とラナの「Video Games」をデュエットで披露したのも話題を呼んだ。それはラナからビリーに受け継がれた、囁くように歌うディーヴァというスタイルの系譜が繋がったような、意義深いコラボだった。

 しかしなんと言っても最大のトピックは3年ぶり4作目となるフルアルバム『HIT ME HARD AND SOFT』のリリースだろう(タイトルがラナの危うい魅力に通ずるようで興味深い)。兄フィニアスと共同制作したというのはいつも通り。収録曲は10曲で、メガポップスターのアルバムとしては比較的コンパクトな曲数だが、1曲あたり4〜5分とやや長めな曲が目立つのが特徴的だ。また、曲中で大胆にトラックが切り替わるような展開を含んだ曲が多く、15曲くらい入っているような気もする。アルバムの持つ文脈を尊重するために先行シングルをリリースしなかったという判断は、この43分間に詰めこまれたアプローチの多様さとバランスを保つためだったのだろう。リリースの前日にはリスニングパーティがNYで開催された。そこでも一際盛り上がっていた2曲目の「LUNCH」は、出だしから〈I could eat that girl for lunch(あの娘だったらランチに食べられる)〉という奇妙でストレートな歌詞が面白い。全体的にはシリアスな雰囲気もありつつ、ユーモアも欠かさない。ポップスターとしての貫禄も出てきた記念碑的な作品だ。

【和訳】ビリー・アイリッシュ - LUNCH / HIT ME HARD AND SOFT【ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト】

 デュア・リパの最新アルバム『Radical Optimism』を聴いていると、いますぐ走ってジムに行かなければならないような気がしてくる。「Illusion」のMVではインストラクターのようなデュアのルックにもそのスポーティな雰囲気がよく表れているが、アルバム全体がBPM115〜125の四つ打ちで概ね統一されている点や、約36分というコンパクトな構成もエクササイズと親和性が高そうだ。本作の注目ポイントはやはりTame Impalaことケヴィン・パーカーが11曲中9曲の作曲やプロデュース、演奏に携わっていることだ。現代のロックバンドとしては最高峰の成功を築いたケヴィンだが、自身のプロジェクトとしては2020年のアルバム『The Slow Rush』を最後に、プロデュースや客演などで幅広い領域で裏方に徹しているようにも見える。それでも今作におけるシンセやドラムの音色は紛うことなくTame Impala印だ。また、チャーリー・XCXやキャロライン・ポラチェックとの仕事で知られる異形のポップ職人、ダニー・L・ハールの参加も見逃せない。先述したビリーもそうだが、かつてインディと称されたサウンドは、完全にメインストリームの位相に移ったのだろう。それを象徴するような作品だ。

Dua Lipa - Illusion (Official Music Video)

 ケンドリック・ラマーによるドレイクへの痛烈ディス、「Not Like Us」が記録的なヒットとなっている全米シングルチャートだが、次点につけているのはテイラー・スウィフトでもアリアナ・グランデでもなく、トミー・リッチマンという2000年生まれの新人だ。早くも今年のサマーチューンとの呼び声も高い「MILLION DOLLAR BABY」は、バウンシーで強烈なビート、80sのポップスターの数々を思わせるようなハイトーンボイス、メンフィス風のフロウ、そのどれを取っても中毒性抜群だ。このほぼ無名に近いヴァージニア州出身のアーティストは、R&Bシンガーのブレント・ファイヤズ率いるISO Supremacyに所属している。ブレント・ファイヤズの楽曲に客演で参加した経験はあるものの、本格的なヒットは初だ。画素数の低いVHS風のティーザーがTikTokで瞬く間に話題になったのがきっかけだが、それでもいきなり全米2位という結果を残してしまうとは、いち早くその才能を見抜いたブレント・ファイヤーズも予想していなかったのではないか。そんなブレント・ファイヤズ自身もまだ28歳なのが空恐ろしい。早速ドン・トリヴァーとのリミックス版のリリースも噂になっており、トミー・リッチマンから一瞬たりとも目が離せない。

Tommy Richman - MILLION DOLLAR BABY (Official Visualizer)

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