丘みどり「今がいちばん幸せ」 初挑戦のジャンルからDJ KOOとのコラボまで、辿り着いた20周年と『夜香蘭』

今年20周年イヤーを迎えた演歌歌手・丘みどりが、20周年記念シングル『夜香蘭』をリリース。表題曲では、丘にとって初チャレンジとなるフォーク調の楽曲に挑戦。またカップリングには、昨年12月にリリースしたアルバム『JOURNEY』に収録の「かもめの街」の続編である「鴎宿」を収録。こちらは、「これぞ丘みどり」と言わんばかり、情念たっぷりに歌い上げた演歌。そして“お祭り盤”には、DJ KOOとのコラボレーションが話題、『JOURNEY』にも収録された「トリドリ夢見鳥 feat. DJ KOO」を収録。「夜香蘭」をはじめとした各楽曲に対する思いや制作秘話、20周年を振り返っての話などを聞いた。(榑林史章)
振り返る20年間の旅「一生懸命やり尽くしてきた」

――8月に20周年を迎えるということで。“20周年”と聞いて、パッと思い浮かぶことは何ですか?
丘みどり(以下、丘):パッと浮かぶ思い出としては、2017年に『第68回NHK紅白歌合戦』への出場が決まった時ですね。念願が叶った瞬間でした。「夢を叶えるんだ!」という強い気持ちで臨んできたけど、「本当に叶うのかな?」と半信半疑でもあったので、本当に夢は叶うんだということを初めて体験した瞬間でした。
――『紅白』のステージに立った時ではなく、決まった時なんですね。どういう状況で話を聞いたのですか?
丘:サプライズでしたね。NHKにお稽古で行っていたら、カメラがバッと入ってきて「出場が決まりました!」と。ドッキリかと思いました(笑)。そのまま着付けしてもらって髪も結ってもらって、あれよあれよと言う間に、記者会見場に連れて行かれて。その途中で父に報告したんですけど、信じてくれなくて、「もうええって! 今忙しいねん!」って切られてしまって(笑)。
――(笑)。でも、この5年は特にいろいろありましたよね。
丘:そうですね。たしかにコロナ禍だったり、大変なこともありましたけど、プライベートでも変化があり、結果的に今がいちばん幸せな時間を過ごさせていただいています。それはこの5年、ずっと感じていることですね。
――昨年、幸せを感じた出来事は何かありますか?
丘:昨年7月に新歌舞伎座でリサイタル『丘みどりコンサート2024~演魅Vol.5~』を行わせていただいたのですが、最後に娘が花束を持ってステージに出てきてくれて、それを観たファンの皆さんが泣いてくれたことです。普段はなかなか泣かないというような方も「自分たちの孫の晴れ舞台を観るような気持ちで泣いてしまった」とおっしゃってくださって。「最後に娘が出てくるのはずるい!」などと言いながら、泣いていらっしゃる方々のお顔を見て私も泣くという。「そんなに喜んでくれて、いい人たちやな〜」って(笑)。
――丘さんのことを娘のように、丘さんの娘さんを孫のように思ってくれていて。
丘:だから最近は、ファンの方からいただくプレゼントが、ほとんど娘のものなんですよ。「私にもちょうだいよ!」って言うんですけど(笑)、「これを娘さんに!」って、絵本やおもちゃをたくさんいただいて、とても助かっています。
――昨年12月のアルバムでは、20年の歩みを『JOURNEY』=旅と表現しました。20年の旅は、どんな旅でしたか?
丘:大変な旅でした。この10年は日本中行ったことがない場所がないくらい、全国を走りまわっていたので、いい旅もあれば、悔しい思いもしたし。
――『進め!電波少年』のユーラシア大陸横断の旅、みたいな。
丘:それくらいの過酷さでした(笑)。最初はマネージャーとふたりでまわっていて、その時代がいちばんしんどかったです。カラオケスナックに歌いに行っても、「あんた誰?」みたいな状態で、厳しい言葉もたくさん言われましたし、そもそもお客さんがきてくださらなかったり。一日に何軒もハシゴして、キャンペーンして、サインを書いて。でも、その翌日には、『うたコン』(NHK総合)に出て歌って。ずっと売れていないなら、それはそれで「あのステージを目指して頑張るぞ!」と思えるけれど、キャンペーンの次の日はきらびやかなステージへ出て、そのまた次の日はスナックをまわるという、ギャップについていけなかったです。
――でも、旅は少し大変なくらいがいいのでしょうね。
丘:はい。その瞬間は楽しくないですけど、振り返ってみると、過酷だったり大変な出来事のほうが印象に残っていますね。実際に世界中いろんな国を旅行しましたけど、結局いちばん印象に残っているのはケニアでマサイ族に会ったことだったりしますし。歌いたくても歌えなかった10年間を経て、東京に出てきてからの2、3年もすごく大変だったけど、振り返るとすべてが楽しい思い出です。
――最初はマネージャーと2人3脚で、徐々にスタッフが増え、チームでここまでやってきた。それは、丘さんのお人柄あってこそでしょうね。
丘:演歌歌手は、旅から旅で地方に行くこともとても多いですから、仲が悪かったら最悪ですよね。マネージャーさんと険悪になった時期も、それはもう何度もありましたよ(笑)。
――「もうこの人とはもうやってられない!」と。
丘:それは毎日言っています(笑)。でも、言い返してきますから。マネージャーも人前では「そうですね、姫!」とか言っておきながら、その裏ではいろいろ言ってきたり。
――でも、言いたいことが言えないほうが、逆に溜まりますよね。
丘:だから、言いたいことはちゃんと言って翌日には持ち越さない、というのが私たちのルールです。言いたいことを言って、間違ったことはちゃんと「ごめんなさい」と言いましょう、と。「ありがとう」と「ごめんなさい」は大事だよって、娘に言うようなことを、チーム一同心がけながらやっております。
――全部を受け止めてくれるマネージャーさんがいたからやってこられた、そんな20年だったと。
丘:でも、長かったですよ。「もう20年か!」みたいな気持ちは、正直ないです。もう一回10年目からやり直せるかと言ったら、絶対イヤです(笑)。やっぱり今がいちばんだし、やり残したことがないと思えるくらい、一生懸命やり尽くしてきた。それが正解だったか間違いだったかはわからないけれど、その瞬間ごとにやれることはやってきましたから。
――よくある質問ですが、20年前の自分に声をかけるとしたら、何と声をかけますか?
丘:「やめよう」と本当に思ったこともあったので、「やめずに続けていたら絶対に笑える日がくるよ」ということは言いたいですね。
丘みどりに「この曲を歌いたい!」と思わせた新曲「夜香蘭」

――そんな丘さんの20周年記念シングル『夜香蘭』がリリースされました。表題曲はアコースティックギターが鳴っているフォークソング調のポップスで、歌声もとても優しい楽曲です。
丘:自分の曲としては初挑戦のジャンルなので、とても新鮮でした。
――どういった経緯でこの曲に決まったのですか?
丘:カップリングに「鴎宿」という曲を収録していて、最初はこちらを表題曲にしましょうという流れだったんです。「鴎宿」はドラマチックな演歌で、そのほうが丘みどりっぽい、と。でも、『JOURNEY』に収録の「かもめの街」という曲をレコーディングした時に、休憩中に杉本(眞人)先生がピアノを弾きながら「夜香蘭」のサビを歌っていらして。それを聴いて「とてもいい曲ですね!」とお話をして、完成させてくださったのが「夜香蘭」です。その時から「この曲を歌いたい!」と思っていました。
――その時、杉本さんは次のシングルを想定して作っていたのですか?
丘:作詩の水木れいじ先生からは、だいぶ前から「いつでも使ってください」というかたちで「夜香蘭」の歌詞をいただいていたんです。それで杉本先生は、サビの〈風風吹くな 風吹けば〉を口ずさみながら「こんな感じがいいかな?」というふうに弾いていらして。その鼻歌が素晴らしすぎたんです。
――フォーク調というのも、その時から?
丘:杉本先生のなかにはあったのかもしれません。こぶしを回して情念たっぷりに歌うのが丘みどりだということは、ファンの皆さんにはもうわかっていただいているので、「そうじゃない歌い方もできるならやったほうがいいけれど、まだ早いかもしれない」と、以前から杉本先生に言われていて。今回20周年というタイミングで、ついにその日がきたな、と。
――歌詞はシンプルながら、見事に主人公の心情を捉えていて、今までであれば主人公を演じるように歌っていたと思いますけど、今回は少し違いますね。
丘:今回は主人公になりきるのではなく、“語り部”といいますか、一歩引いたところで歌っています。そういう歌い方も初めてでしたね。歌の主人公になって歌い演じるということを、ずっとやってきたので、新しいチャレンジでした。
――サウンド感や歌声はとても爽やかなのに、歌詞はすごく切ない。そのギャップがこの曲の魅力だなと思いました。語り部として、どんな主人公像をイメージしましたか?
丘:か弱い主人公ではないと思っていて。時にいろんな噂に流されたりしながら、それでも信じて待っている。でも、「私は信じると決めたんだ」という強さがありながら、でも風が吹いただけで飛んでいってしまいそうな不安も持っている。ある意味で、とても人間らしい女性だと私は思いました。
――〈ふたりっきりの エレベーターで/突然抱かれて 二度目の春です〉という、馴れ初めがすごいですよね(笑)。
丘:そうなんです! 水木先生のイメージは会社の上司と部下だそうで、昔付き合っていたけど別れて、お互いすでにパートナーがいるけど……という。水木先生も「この時代にこの歌詞は大丈夫だろうか?」と自問自答されていました。エレベーターの部分も「セクハラだって言われないかな?」と。でも、杉本先生が「それがいいんだよ!」「それくらいのできごとがなければ二度目の春はこない!」って力説されていました(笑)。
――せめて歌の世界くらいは、と(笑)。また〈せつない恋唄 ラジオから/眠れぬ私を いじめます〉という表現もいいですね。
丘:そこは私も好きなところです。ここも「〈ラジオ〉にしようか、〈テレビ〉にしようか、もっと時代に寄せたほうがいいのか……」と悩まれていました。でも、ラジオだけのよさがあると私は思っていて。YouTubeにはないよさ、といいますか。みんなで話し合って、ラジオになりました。
――YouTubeでは色気がありませんね。
丘:かと言って、テレビだと画面に情景が映っているので、主人公が想像を巡らせる隙がありません。そういう意味でラジオは音だけなので、音を頼りに主人公が想像している姿が目に浮かびます。それにラジオはひとりで聴くイメージがあるので、主人公の状況とも合うんじゃないかと。