連載「lit!」第84回:「メインストリームの音楽」とは何か? 2023年グローバルポップの動向を総括
2023年のグローバルポップについて、ひとことでまとめるのは非常に難しい。米インディーロックメディア「Stereogum」は年間ベスト記事(※1)で2023年を「至るところで文脈の崩壊が起こっている」としたうえで、「今何が“良い”のか?というシンプルな疑問に答えることすら難しいかもしれない」と記した。確かに、「2023年はこういう1年だった」と語ろうとすると、零れ落ちるものが例年よりも多いように感じる。
boygenius、オリヴィア・ロドリゴ、マイリー・サイラス……象徴的な3作
しかしまず、この年を象徴する作品としてはboygeniusの初のフルアルバム『the record』を挙げたい。boygeniusはフィービー・ブリジャーズ、ジュリアン・ベイカー、ルーシー・ダッカスによる3人組USインディーロックバンド、。2018年の結成時にセルフタイトルEPを1枚出して以降は各々のソロ活動が本格化したため、再始動したことが大ニュースとなった。どのメンバーもファンからの支持が厚く人気なのは、3人のキャラクターがそれぞれ立っているからだ。それはソングライティング面でも同様で、アルバムの各楽曲は聴けばすぐ誰の曲か分かるほど。「男の子は天才」というテーゼを茶化すバンド名を冠し、今回の待望の復活作ではインディーロックの“白人男性中心”というイメージを完全に過去のものとした。3人ともクィアであることを公言し、トランスジェンダーへの連帯も積極的に呼びかけるboygeniusこそが、2023年を象徴する存在であるという見立ては十分に成立するだろう。
オリヴィア・ロドリゴも2023年の顔だ。記録的な大ヒットデビュー作『Sour』に続く2ndアルバム『GUTS』では、彼女が親しんできた90's以降の様々なスタイルのロックを駆け抜けた。boygenius同様バンドメンバーを女性かノンバイナリーのみで固めた意図や意義にも自覚的で、音楽性もビジョンも兼ね備えたアーティストとしての思慮深さも示した。
一方、2023年に世界で最もストリームされた楽曲はマイリー・サイラスの「Flowers」だ(※2)。アルバムのプロモーションも兼ねたツアーを行っていないにもかかわらず圧倒的な再生回数を記録したのは、リリース時期が比較的早かったのも要因のひとつであるはずだが、これまでの本連載でも触れたように歌詞のゴシップ性やオーガニックなサウンドにも注目が集まった。
テイラー・スウィフトとビヨンセ、二大ツアーが世界に与えたインパクト
この調子で作品についていくらまとめたところで、2023年のグローバルポップの3割も語り切れないように思える。もちろん評価もセールスも申し分ない作品は多くあるが、やはり世界の音楽業界に最大のインパクトを及ぼしたのはテイラー・スウィフトに他ならないからだ。原盤権を巡る争いとして繰り広げられた一連の再録プロジェクト「Taylor's Version」が4作目の『1989』に至り、それも数々の記録を打ち立てたが、やはりワールドツアー『The Eras Tour』のインパクトは歴史的だった。歴代のヒット曲大回顧展のようなコンセプトの同ツアーの模様を収めた映画は、ハリウッドのストライキによって公開作品が不足した劇場の救世主とも目された。制作にメジャースタジオや配給会社が入らず、劇場上映は直接AMCと契約を結ぶというビジネスモデルも画期的だった。
その少しあとにワールドツアーを『Renaissance: A Film by Beyoncé』として映画化したビヨンセも2023年を語る上では欠かせない。ファンのために公演が長引いてしまった日には自費で終電を延長したというエピソードは、ビヨンセの心遣いと同時にツアーの経済規模の凄まじさを示している。パンデミック以降の音楽興行の大復活を象徴するこれらの二大ツアーは2023年のグローバルポップを語るうえで個々の作品以上に外せないトピックなのだ。ちなみにビヨンセの映画はドキュメンタリー構成で、ツアーの想像を絶する過酷さと努力の数々が記録されている。マイリー・サイラスのワールドツアーをしないという選択も納得であった(※3)。
米ストリーミングシェアに見る聴かれる音楽ジャンルの細分化
Luminateの年間レポート(※4)によると、世界のストリーミング数は昨年から34%増加し、2023年の音楽業界は4兆ストリームを突破したという。もはやうまく把握できない数値だが、この伸びは音楽市場の国際化を反映している。ジャンル別に見ていくと、米国内では、カントリー(23.7%増)、ラテン(24.1%増)、ワールド(J-POP、K-POP、アフロビーツなど、26.2%増)の3つのジャンルが2023年に最大の伸びを示した。
また、英語以外の音楽を聴くアメリカ人が増えているという分析もある。2023年末までに、米国でストリーミングされた上位10,000曲に占めるスペイン語音楽のシェアは3.8%増加。もちろんこれは人口動態の変化も大きいが、確かにその傾向は明らかに強まっている。
まず、カントリーについて言えば、モーガン・ウォレン「Last Night」が米チャートトップを長らく独走していたのが印象的であった。ルーク・コムズの「Fast Car」も延々と上位に残り続けている。この流れが過激化し、極右勢力の時代錯誤な主張をトレースしたような楽曲が突発的にチャート1位になってしまうという事態も起こった。確かにはたから見るとカントリー界は全体として米国の分断と孤立っぷりを示していた。しかし、ザック・ブライアンのアルバム『Zach Bryan』のように、セールスも評価も極めて高い水準で両立し、カントリー界でも頭一つ抜けた存在も現れた。
カントリーと同程度増加しているラテンミュージックについては、本連載でも何度か言及しているように、特に女性のラテンアーティストとして初めての記録を複数打ち立てたKAROL Gの活躍が目覚ましかった。また、ラテン界を代表するプロデューサー・Tainyによる話題作『DATA』ついても触れておきたい。『攻殻機動隊』などの美術監督、小倉宏昌参加のアートワークが特徴的な本作には、ダディー・ヤンキーやWisin & Yandelといったレゲトンの先駆者から、バッド・バニーを筆頭に、マイク・タワーズ、フェイド、ヤング・ミコなどの新世代の名もひしめく。まさにオールスター勢揃いな作品だ。万華鏡のようにビートが目まぐるしく変化する「VOLVER」では、スクリレックス、フォー・テット、ラウ・アレハンドロというジャンルも世代も飛び越えたコラボレーションを無理なく実現しているのも特筆すべき点である。
また、メキシコの新星ペソ・プルーマも欠かせない。2023年はメキシコ音楽がチャートを席巻したが、その中の一ジャンル、コリードで存在感を示したのがプルーマとブレイク中のグループ、Eslabon Armadoとの「Ella Baila Sola」だ。米Rolling Stoneはこれをこのムーブメントを最も捉えた曲と評し、2023年のベストソング1位に選んだ(※5)。
「ワールド」という括りにはJ-POPやK-POP、そしてアフロビーツも含まれるようだ。アニメ作品を通じてYOASOBIの「アイドル」や米津玄師の「KICK BACK」が爪痕を残した一方、国内からも積極的に海外へパッケージングしていく取り組みとしてSpotifyプレイリストの「Gacha Pop」が話題になったように、アニメのタイアップとは異なる新たな流れも強まっている。藤井 風の「死ぬのがいいわ」は昨年に続いて海外で最も再生された日本語曲となったし、ワールドワイドな活動を視野に入れたガールズグループのXGも活躍した。
ポップシーンを最も騒然とさせたK-POPは間違いなくNewJeansだ。BTSのJung KookもラッパーのLattoを迎えた「Seven」という強力なヒットを放ち、一大サマーアンセムを作り上げた。BLACKPINKが『コーチェラ・フェスティバル』のヘッドライナーを務めたこともジャンルの躍進を示す大きなトピックだ。
アフロビーツを含むアフリカ勢も有力だ。ナイジェリアのRemaとセレーナ・ゴメスの「Calm Down」のロングヒットは驚異的だし、南アフリカのタイラ「Water」の大ヒットも欠かせない。バーナ・ボーイの7thアルバム『I Told Them…』が全英1位という快挙もあり、同作は米国でも一定のチャート成績を収めた。しかし、本作品のサウンドはかなり米国のメインストリームを意識したものにも受け取れる。北米はもはや中心ではないとよく言われるものの、ポップミュージックのダイナミズムを決めるのはまだまだ米国市場であり続けるだろうとも感じた。ただし、それが限定的なものであり、時間の問題であるのもまた事実だ。
米国では依然としてヒップホップが最も人気のジャンルだが、内訳を見てみると新作のストリーム数は7.1%減少し、過去カタログが11.3%増加したという。これはヒップホップ50周年ということで振り返りムードが高まったことの表れと言えるかもしれないが、2010年代後半のようなラップの勢いが落ち着いてきたことも示している。実際、2023年上半期は全米1位を獲得したラップソングが出なかったのだ。ただしあくまでもセールスの話で、良い作品は数多くあった。例えばリル・ダークとJ・コールによる「All My Life」は今年を代表する傑作のひとつだ。アイス・スパイスが参加したピンクパンサレスの「Boy's A Liar Pt.2」は、ジャージークラブの流行がポップシーンにまで完全に定着した瞬間だったし、アイス・スパイスはその後テイラーのアルバムにも参加するなどさらにスターダムにのし上がった。下半期はリル・ウージー・ヴァートやトラヴィス・スコット、ドージャ・キャット、ロッド・ウェーブのリリースが首位を獲ったが、いずれも前作とは毛色の異なる表現の深化が見られた。リル・ヨッティが2023年初めにリリースした『Let’s Start Here.』でロック路線へと大転換したのも、今振り返るとこのような傾向の1年についての予言めいた動きでもあったのかもしれない。