AJICO、鮮烈なサウンドで鳴らす“愛と警告” 『ラヴの元型』が生身の人間性に問いかけるもの
愛の尊さ、そして現代に生きる人々への警告。AJICOが新作に込めたメッセージは、じつに強力だ。
約3年のインターバルを経てリリースされたAJICOの新たなEP『ラヴの元型』。前回のEP『接続』は20年もの沈黙を挟んだあとの作品だったことを思うと、今回のアクションはその2021年からの連続性の上にあると思われる。
荒木正比呂・鈴木正人のアレンジがAJICOにもたらす新しさ
それにしても今回のタイトルソングのインパクトには引き込まれた! 激しさと躍動性がほとばしる、AJICO流のディスコナンバーである。
イントロからエッジーなギターを鳴らすベンジーこと浅井健一(Gt/Vo)、疾走するビートにグイグイと乗って歌うUA(Vo)。その律動を奏でるのは、タイトなドラミングの椎野恭一(Dr)と野太いベースラインをくり出すTOKIE(Ba)という最強のリズムセクションだ。作詞はUA、作曲はベンジー。興奮必至の「ラヴの元型」に歓喜するファンは多いだろう。
実は僕は3年前のAJICOの再始動時に、UAがディスコ的なサウンドを持ち込むアイデアをベンジーに提案したことを耳にした。その際は形にはならなかった発想が、今年のリリースにおいて実現したわけである。ただ、この数年、自身の音楽性においてポップであることを意識していたUAだけに、僕は今回の曲にコンテンポラリーなディスコナンバー……たとえばデュア・リパやリゾ、ザ・ウィークエンドあたりが放ったヒットソングの影響があってもおかしくないと考えていた。しかし「ラヴの元型」は時代のトレンドに寄せたポップ感ではなく、完全にAJICOの流儀でディスコを消化したロックナンバーとなっている。ディスコ的なノリはあるものの、打ち込みの類が使用されている気配はなく、あくまで生身の人間たちの演奏であることがビリビリと伝わってくるこの曲。AJICO史上最高にアッパーなグルーヴは、4人がロックバンドであると知らしめてくれるものでもある。
さらに同曲に、部分的にエレクトロの要素やサイケデリックな感覚が挿入されているところもまたこのバンドが並外れているという事実を感じさせる。このサウンドメイクに関しては、今回のサウンドプロデュースを担っている荒木正比呂の感性が大きな影響をもたらしていると考えられる。彼は、UAが一昨年リリースしたEP『Are U Romantic?』で「お茶」「微熱」などの主要曲のアレンジを務めたミュージシャン。その後のライブツアーにもシンセサイザーで参加しており、2020年代のUAサウンドを語る上で欠かせない存在となっている。
荒木正比呂について簡単に紹介しておくと、彼が広く知られるようになったのは中村佳穂の『AINOU』(2018年)の制作陣のひとりとなったことだろう。その後はドレスコーズの『バイエル』(2021年)、中村の次作『NIA』、先述のUAの『Are U Romantic?』(以上2022年)、最近ではEASTOKLABの1stアルバム『泡のような光たち』(2024年)に参加。こうしたサポート仕事では主にアレンジなどの音作りを担当しているが、作曲から関与する場合もある。
もともと荒木は、繊細なエレクトロニカ/フォークトロニカを鳴らすレミ街という名古屋のバンドの一員で、ソロ名義のfredricsonでも活動。2010年代にはtigerMosというユニットでの動きもあった。ライブではキーボードを弾き、一方ではマニピュレーターとしての仕事もこなす、音全体を豊かに形作ることに長けている人だ。
もともとAJICOの音楽性は、基本的にはその時々のUAの音楽的な方向性が軸にされており、そこからベンジーをはじめとするメンバーたちが音を紡いでいく流れがある。アルバム『深緑』を中心とする2000~2001年の活動期間を第1期とするなら、第2期のAJICOの始まりだった前作『接続』では、この間にUAとの仕事が多かった鈴木正人が存在感を示していた。「地平線 Ma」でのクラビネットの大胆な音色はその最たるものである。
この流れを受けるように、今回のEPには近年UAと活動を共にする荒木が参加するに至ったわけだ。彼は今作の全6曲のうち3曲でサウンドプロデュースを手がけており、その音の感覚がAJICOに新たな感覚をもたらしている。
タイトル通りのウォームな音作りが印象深い「あったかいね」は、ベンジーがAJICOで久しぶりにリードボーカルをとる曲。〈あったかいね〉〈やっすいね〉というカジュアルな歌詞は、彼がSHERBETSで見せる気取らなさを思わせる。そしてそんなあたたかみのある歌の魅力を、優しさとともに編んだかのようなサウンドデザインが見事だ。
また、アコースティックギターが響く「微生物」もセンシティブな味わいが素晴らしく、そんな中で間奏のほんの一瞬に激化する演奏もいいアクセントになっている。この2曲は音数が少ないように聴こえるが、よく聴くとそれなりの数の楽器や声が重ねられており、各音色のトーンバランスが注意深く形成されている。いずれの曲にも、荒木というクリエイターの優れたセンスが散りばめられている。
それに加えて、「言葉が主役にならない」「キティ」での鈴木正人による微細なアレンジも秀逸だ。前作でのキーボードの導入でAJICOサウンドを新たな地平に導いた彼は、その路線をここでも最良の形で押し進めている。とくに全6曲の最後に配置された同じく鈴木プロデュースの「8分前の太陽光線」は、UAの歌声を真ん中に置きながら、環境音や電子音を配したり、彼女のささやきも添えたりといった工夫によって、空間的な広がりを創出している。