連載「lit!」第66回:ポスト・マローン、ザック・ブライアン、ミツキ、ホージア……歌心あるボーカルに耳を傾けたいグローバルポップ
「洋楽」の話は多くの日本語ネイティブの人々にとっては歌詞がダイレクトに伝わらないため、サウンドに注目が集まりがちだ。しかし、当然ながら歌詞や歌声そのものにも膨大な情報量が詰まっている。これらを漠然と「歌心」と呼ぶとすると、それは言語を飛び越えて伝わるものだ。いわゆる「AIカバー」動画が、法的な整備が追いついているとは言えない状況で流行し物議を醸しているのは、人々がアーティストの歌心に神秘的なものを感じているからこそなのだろう。今回の「lit!」海外グローバルポップ回では歌心溢れる声に注目して楽曲を紹介していきたい。
昨年の『SUMMER SONIC 2022』(サマソニ)ではヘッドライナーを務めた“ポスティ”の愛称でお馴染みのポスト・マローンが、9月から始まるアジアツアー『If Y'all Weren't Here, I'd Be Crying』で再び来日する。5枚目となる最新アルバム『Austin』は昨年娘が誕生して以来初となるアルバムで、ゲストアーティストを入れていないのも初めてのことだ。また、今作では全ての曲で彼はギターを弾いており、前作『Twelve Carat Toothache』よりもメロディアスな楽曲が多く聴きやすい。「Overdrive」での自らの思いをさらけ出すような歌詞と泣きの入った歌唱はこれまでよりもシンプルで率直な一曲だ。ほぼ無名の状態から一気にトップスターに成り上がったポスティ。それゆえに刺々しい姿勢も見せることもしばしばあったが、今の彼には繊細なメロディを放つシンガーとしての素の魅力が戻っているように感じられる。今作に自身の本名を冠しているのも納得である。
今年の全米チャートではモーガン・ウォレンを始めとしてカントリー勢が常に高い順位をキープしている。先週の全米チャートでは、沖縄生まれオクラホマ州育ちで、元海軍の軍人という経歴を持つカントリーシンガー、ザック・ブライアンによる4作目のアルバム『Zach Bryan』が首位を獲得した。同シングルチャートはケイシー・マスグレイヴスをゲストに迎えた「I Remember Everything」で制覇。この曲はかつて愛し合っていた男女が2人の関係性を回想する内容だが、マスグレイヴスは酒におぼれる男に対して批判的なのに対し、ブライアンはそれに気づかず思い出に浸っているように見える。そのすれ違いの模様が端正な脚韻で構成された歌詞と美しい歌声で表現された一曲だ。
また、先月は完全に無名のカントリーシンガー、オリヴァー・アンソニー・ミュージックが「Rich Men North of Richmond」という曲で全米チャート初登場1位を獲得し、2週にわたって首位をキープするという異例の事件が起こった。「リッチモンドの北の金持ち」と題された本楽曲では、自分は働けど働けど生活は苦しいままだと訴えている。そのメッセージ性がワシントンD.C.のエリート政治家たちを非難していると解釈されて保守派層の間で共感を呼び、前例のない大ヒットに繋がったという。だが、何よりもまず彼の感情的で振り絞るような歌声は言葉が分からなくても強烈に耳を惹く。
インディー界の頂点に登り詰めた三重県出身のシンガーソングライター、ミツキが約1年半ぶりの新作アルバム『The Land is Inhospitable and So Are We』をリリースする。収録曲の「Star」は今まで以上に深みのある荘厳な歌声を披露しているが、曲の背景について語った動画によると、最終的なインスピレーション元となったのはスコット・ウォーカーだという。一時は音楽活動を辞めようとまで苦悩した彼女だが、その創作意欲は完全に復活している。
2014年の世界的大ヒット「Take Me to Church」で知られるアイルランド出身のホージアが、4年ぶり3枚目のアルバム『Unreal Unearth』を発表し、自身初となる全英アルバムチャートで初登場1位を獲得した。本作は13世紀から14世紀にかけて描かれたダンテの戯曲『神曲』を参照してパンデミックを描いたという。その詩世界は確かに難解だが、グラミー賞を多数受賞しているシンガーのブランディ・カーライルとのコラボ曲「Damage Gets Done」は、ホージアとカーライルのソウルフルな歌声がどこまでも遠くに連れて行ってくれるような爽快な一曲だ。