連載「lit!」第42回:マイリー・サイラス、カロル・G、d4vd、Gorillaz、スロウタイ……チャート内外で見つかる多様なヒット曲

 人々の価値観が急速に多様化しているように、音楽ジャンルも多様化、細分化している。もはや音楽チャートは世界中の人々が共通して楽しめる「ヒット曲」を示すものではないのだろう。例えば、3月第2週の米アルバムチャート「Billboard 200」ではカントリーシンガーのモーガン・ウォレンが独走状態だが、全世界で盛り上がっているとは言い難い。ちなみにウォレンは3月3日のアルバムリリースに伴って米ソングスチャート「Billboard Hot 100」に36曲もの楽曲をランクインさせている(※1)。また、全英アルバムチャートで1位を獲得したThe Lathmusの2ndアルバム『From Nothing to a Little Bit More』も、世界的な大ヒットというわけではない。

 つまり、インターネットは確かに世界を均一化させているが、各国ごとに特有の傾向を消し去ることはないのだろう。日本が世界の流行と同期していない“ガラパゴス”だとはよく言われるが、これを見ると英米が“ガラパゴス”ではないとも言い切れない。

 では、果たして世界中の人々が共通して楽しんでいる「ヒット曲」とは何なのか、そもそもそんなものは存在するのか、考えるほどに分からなくなってくるが、それならば様々な切り口で「ヒット曲」を取り上げていくのが誠実な態度だろう、ということで選んだのが以下の8つの新曲である。

マイリー・サイラス「Flowers」

Miley Cyrus - Flowers (Official Video)

 マイリー・サイラスは1月13日にリリースした新曲「Flowers」で9年ぶりに米ビルボードチャートで首位を獲得した。この曲は3月10日にリリースされた8枚目のスタジオアルバム『Endless Summer Vacation』からのリードシングルで、リリースされた日付は俳優で元夫のリアム・ヘムズワースの誕生日だった。当初の予定よりわざわざ1日早くリリースした経緯もあり、あえてこの日に合わせたのではないかと言われている。というのも、〈I can buy myself flowers(私は自分に花を買うことができる)〉や〈I can take myself dancing(一人でダンスだって行ける)〉という歌詞は、リアムがマイリーとの結婚式に捧げたと噂されるブルーノ・マーズの「When I Was Your Man」の歌詞に対応したアンサーソングとして読めるし、「私が幸せになるためにあなたは必要ない」という曲全体のテーマは元夫との決別として受け取れるからだ。真偽はともかく、こういったゴシップを上手く物語化したことで、この曲は2023年最初の世界的ヒット曲となった。

 また、孤独との前向きな付き合い方や自己愛といった本楽曲のテーマは、昨今取り沙汰されるメンタルヘルスの問題を、対処すべきものとして扱っているような貫禄が感じられる。懸垂してポーズを決めるマイリーの筋骨隆々なアートワークや激しめのワークアウトを見せるMVも、パワフルで自立した女性像を表現している。それに説得力を持たせているのは、共演歴もあるジョーン・ジェットを思わせるハスキーボイスでの遠くに飛ばすような歌声だろう。本楽曲のオーガニックなサウンドは、グラミー受賞作ハリー・スタイルズ『Harry’s House』のプロデューサーであるキッド・ハープーンとタイラー・ジョンソンの手腕によるものだ。楽器の生演奏を主体に、グロリア・ゲイナー「I Will Survive」のような70年代ディスコを参照しつつも、曲のイントロとアウトロにグリッチノイズを忍ばせるなどといった、あえてローファイな音像を目指すという現代的なプロダクションが施されている。本楽曲はアルバムリリース前までの時点で累計8週間チャートにランクインしている。間違いなく2023年を代表する一曲として記憶されるはずだ。

カロル・G, シャキーラ「TQG」

KAROL G, Shakira - TQG (Official Video)

 カロル・Gによる4枚目のアルバム『Mañana Será Bonito』が、女性アーティストによる全編スペイン語のアルバムとして初めて全米チャートで1位を獲得した。カロル・Gはコロンビア出身で、ラテン・グラミー賞の最優秀新人賞の受賞歴もあるアーティストだ。同じく全編スペイン語で全米チャートを制覇したのはバッド・バニーの『El Ultimo Tour del Mundo』(2020年)と『Un Verano Sin Ti』(2022年)のみである(※2)。

 「TQG」はコロンビアのラテンポップ界の先輩である世界的シンガーソングライター、シャキーラを客演に迎えている。タイトルの「TQG」は、“Te Quedó Grande”の略で、「あなたは釣り合わなかった」という意味になる。これはカロル・Gは元恋人、シャキーラは元パートナーのサッカー選手のジェラール・ピケに向けたもののようだ。特にシャキーラは1月にビザラップ(Bizarrap)と発表した「BZRP Music Sessions #53」の歌詞でも、子どもがいながらも浮気をしたピケに対して攻撃しており、その徹底ぶりが話題となりヒットに拍車をかけている。現在ビザラップとの曲はYouTubeで4億回再生を超え、Spotifyリスナー数はザ・ウィークエンドとマイリー・サイラスに次いで3位となっている。

SHAKIRA || BZRP Music Sessions #53

 「TQG」自体は基本的にはオーソドックスなレゲトンだが、浮遊感のあるシンセや、シャキーラのヴァースが始まる瞬間のベースの不穏さは内容ともよく合っている。アルバムはバッド・バニーやロザリアもそうだったように、レゲトン一辺倒ではない多彩な作風となっている。創作意欲溢れる個性豊かなスペイン語圏のレゲトン、ラテン・トラップ系のアーティストによるチャート制覇は今後も増えていくだろう。

ピンクパンサレス, アイス・スパイス「Boy's a liar Pt.2」

PinkPantheress, Ice Spice - Boy’s a liar Pt. 2 (Official Video)

 2001年生まれで英バース出身のアーティスト、ピンクパンサレスが共同プロデューサーにムラ・マサを迎えて昨年リリースしたシングル「Boy's a liar」に、2000年生まれ米ブロンクス出身のラッパー、アイス・スパイスが参加し、「Pt.2」と新たに付け加えられてリリースされた楽曲。ピンクパンサレスはBPM170前後のドラムンベースの楽曲をポップに鳴らすスタイルで2021年初頭からTikTokでバイラルヒットを飛ばし続け、主に同世代の間で急速に支持を広げていった。デビューミックステープ『to hell with it』は、ドラムンベースながらもベッドルームポップのような新感覚のサウンドで、ビリー・アイリッシュが自身のInstagramストーリーズにアップするなどのトピックもあり、大いに話題になった。

 一方アイス・スパイスは2021年からラップを始め、翌年には「Munch (Feelin' U)」(ドリル曲にしては速めのBPM170程度)がインターネット経由でバイラルヒット。そのパフォーマンスを見たドレイクから直接DMが届くなど、急激に知名度を高めていった。当初は“一発屋”的な扱いも受けていたが、着々とヒットを重ね、ついにピンクパンサレスとこの楽曲で全米ソングスチャートの最高3位まで駆け上がった。

 ピンクパンサレスの抑制の効いたフロウでの歌とアイス・スパイスの攻撃的なラップの対比が上手くマッチしているのと、昨年あたりから再注目を集めているジャージークラブのビートである点も両者にとって最大のヒットとなった理由として考えられるだろう。

 ほぼ同時期に知名度を上げていった同年代の個性的な2人は互いのファンでもある。ピンクパンサレスは英NMEの取材に対し、アイス・スパイスの強い個性なら私の変わったビートにも対応できると思った、と述べている(※3)。

d4vd「Worthless」

d4vd - WORTHLESS [Official Music Video]

 d4vd(デヴィッド)は、2021年に「Romantic Homicide」で日本を含めた世界各国のSpotifyバイラルチャートで1位を獲得。インターネット上に突如現れた新人シンガーソングライターで、2005年生まれの現在17歳だ。もともとはゲーム「フォートナイト」の人気実況配信者だったが、その動画内で流していたBGMの使用で著作権侵害の問題に直面したことで音楽を自作し始めた。SNS上でプロデューサーを募り、妹のクローゼットを即席のスタジオにして無料のモバイルアプリ「BandLab」で制作したオリジナル音源は、他のゲームプレイヤーや視聴者の間で評判になり、TikTokでも爆発的な再生数を記録。現在、d4vdはビリー・アイリッシュやホリー・ハンバーストーンも所属するInterscope RecordsのDarkroomと契約している。インディーロックの影響が色濃いとはいえ、ポストロックにR&Bやダンスミュージック、ラップ的な歌唱まで幅広く、ファルセットを効かせた歌唱も披露できる。上述したような経緯やリリースペースの速さ、何でもアリな音楽性も含め、極めて2020年代的なアーティストと言えるだろう。

 初の来日公演となる『FUJI ROCK FESTIVAL '23』への出演が発表されてからリリースされた新曲「WORTHLESS」は、そのドリーミーなムードを保ちつつ、ベースやパーカッションにメリハリがあり、聴き心地は爽やかな作品となっている。しかし、どこか虚ろな感じのするシンセは、「自分は価値のない人間だし逃げ場もない」という歌の内容とリンクしているように感じられる。

Gorillaz「Crocadillaz(feat. De La Soul, Dawn Penn)」

Gorillaz - Crocadillaz ft. De La Soul and Dawn Penn (Official Audio)

 『SUMMER SONIC 2023』にヘッドライナーとして出演予定のブリットポップの代表格Blurの中心人物、デーモン・アルバーンとコミックアーティストのジェイミー・ヒューレットによるバーチャルバンド、Gorillazが通算8枚目のアルバム『Cracker Island』をリリースした。サンダーキャット、Tame Impala、バッド・バニー、ベックといった豪華面々が集結した同作は米ビルボードチャートでは最高3位、全英チャートでは2005年の『Damon Days』以来初となる1位を獲得。1998年以来一貫して根強い人気を維持している。

 今回紹介するのは『Cracker Island』のデラックス版に収録された追加曲のひとつ「Crocadillaz」である。Gorillazの代表曲「Feel Good Inc.」でも共演歴のあるDe La Soulと、ジャマイカのシンガーソングライター、ドーン・ペンがフィーチャーされている。ヴァースを提供しているDe La Soulのトゥルーゴイ・ザ・ダヴはリリース直前の2月13日に54歳の若さで死去。De La Soulの各アルバム作品は今年3月に初めてストリーミングサービスで配信が開始した。トゥルーゴイの死はその矢先の出来事であった。彼らの代表作『3 Feet High and Rising』は配信開始後に全米、全英チャートともにキャリア最高順位を獲得し、De La Soulが音楽シーン全体に多大な足跡を残した偉大なグループであることが改めて示された。遺作となってしまった「Crocadillaz」の歌詞は、リズムや語感に焦点を当てたもので、それゆえ難解ながらも楽しげなものとなっている。

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