2023.07.19 18:00

松下洸平×小倉しんこう「ノンフィクション」制作対談　今の自分を通して表現する“聴き手の人生と重なる瞬間”

文・取材＝上野三樹、写真＝藤本孝之

小倉しんこうから見た、ミュージシャン松下洸平の魅力

――日常感あふれる描写も「ノンフィクション」の歌詞の特徴ですよね。

松下：僕らの日常は本当に淡々と進んでいくし、悪いことばかりじゃないですけど、良いことばかりでもないからこそ、時々ちょっと良いことがあったりするだけでも頑張れたりするじゃないですか。それこそ歌詞に書いているように、くだらない会話に救われたり、見上げた空が綺麗なだけでも、「明日も頑張るか」って思えたりする。そういう小さい幸せが日々を繋いでいってくれていると思うので、そこを噛み締められる歌にしました。

――メジャーデビューからの2年で色んな経験をしてきたからこそ、このタイミングで今を噛み締めたいという気持ちだったんでしょうか。

松下：それはすごくありましたね。僕は俳優としてもやらせていただいていて、出演するドラマの中では色んなことが起きますけど、僕自身の日常にも特別なことが起きるわけではないので、この日常を歌いたいなと。

――そういう意味では松下さんご自身の毎日は、フィクションとノンフィクションの切り替えがすごく大きいんじゃないですか。

松下：ドラマで僕が演じている役の方が圧倒的に幸せだったりするときもあるので、台本を読みながら「幸せそうでいいな〜」って思ったりもします（笑）。そうやってフィクションとノンフィクションを行ったり来たりしながら、僕自身が生きている現実や自分の今を歌うことで、みんなと共感できるフレーズを探したいなっていう気持ちです。

――たくさんのアーティストに曲を提供している小倉さんから見た、松下さんのミュージシャンとしての魅力はどんなところにあると思いますか。

小倉：それは自分が語る資格があるかわからないですけど……洸平さん、ちょっと姿勢正すのやめてください（笑）。

松下：（笑）。

小倉：僕は洸平さんの声が好きなんですよ。高く張る声も、自然体の声もいいなと思って。自分が楽曲提供したアーティストに歌ってもらうことは、どんな曲でも嬉しさでいっぱいなんですけど、好きな声の方に自分のメロディラインを歌ってもらうことはすごく嬉しいことです。曲を作り始める前に、この声で歌ってもらったらどうなるかなっていうのは、やっぱり考えるので「ノンフィクション」も洸平さんが歌うという前提がなければできなかった曲だと思います。

松下：嬉しいし、ありがたいですね。

――シングル『ノンフィクション』はカップリングの「さよならの向こうに」「KISS（Sam Ock Remix）」を含め、松下さんが今届けたい音楽をギュッと凝縮した1枚だと思いますが、でき上がってみていかがですか。

松下：「さよならの向こうに」はNHKの『みんなのうた』として書き下ろさせていただくという新しい挑戦でした。「KISS」では韓国系アメリカ人のアーティスト、サム・オックにリミックスをしていただいて。僕はもともとサム・オックが大好きだったこともあり、まさかやっていただけると思ってなかったですし、上がってきたリミックスがこれでもかっていうくらいお洒落だったので、これもぜひたくさんの方に聴いてほしいです。今やりたいことと、これからやりたいことの方向性を示す大事な1枚になりました。

――では、松下さんから小倉さんに何か聞きたいことなどありますか。

松下：聞きたいこといっぱいあるんですけど……小倉さんはお坊さんだったんですよね？

小倉：もともとはそうです。3年ぐらい前までお坊さんだったんですよ。あんまりお坊さんからミュージシャンに転向する人っていないかもしれないですね（笑）。

――それまではお寺のお仕事をしながら音楽活動をされていたんですか。

小倉：そうです。法事をやったりお葬式をやったりしながら、空いた時間に曲を作ってました。

松下：すごいですね（笑）。お経を読まれるってことですよね。

小倉：はい、自分はビブラートを入れすぎて怒られたことがあります（笑）。音楽活動をしている弊害が出ちゃってましたね。

松下：ポップス寄りになってたんですね（笑）。

小倉：あと木魚がだいたいBPM128くらいで安定したりと、音楽活動をやってるときの癖がお坊さんやってても出ちゃうんですよね。

松下：面白いですね（笑）。

小倉：お経でも韻を踏むじゃないですけど、やっぱりライムの要素ってあるんですよ。歌でも母音がずっと続くと苦しいですけど、お経でも母音が続かない構成になっていたりとか、それは読んでいて気づきました。宗教行事だからすごくお堅いものに見えますけど、お経を書いていた人も作詞家と同じような気持ちで、読む人や聞く人の気持ちよさも考えながら書いてたのかなって勝手に想像したことはあります。何千年も前の人がそうして机に向かってやってたのかなと思うとグッときますね。すごくいい経験をさせてもらいました。

松下：いいですね。仏教と神道はまた違いますが、僕は今度、舞台で祝詞をあげるシーンがあるので、そんなお話も参考になります。

小倉：洸平さんの声で祝詞はぜひ聞いてみたいですね。