Music Generators presented by SMP
SixTONESやØMIなど手がける音楽クリエイターJoe Ogawa×Toru Ishikawa 異色のルーツが生み出す制作スタンスとシーンへの目線
「FIRE」(三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE)をはじめ、w-inds.、iScreamなどの楽曲を手がけているJoe Ogawa、そして、「Nobody Knows」(ØMI)、「Lonely」(GENERATIONS from EXILE TRIBE)、「NANANA」(King & Prince)などの楽曲制作で知られるToru Ishikawa。最新のヒップホップ、R&B、エレクトロなどを取り入れた作風によって注目を集めている、気鋭のクリエイターだ。
「S.I.X」(SixTONES)、「UNDER THE MOONLIGHT」(ØMI)で共作している両者に、音楽的なルーツ、クリエイターとして活動をはじめた経緯、制作時に意識していることなどについて聞いた。(森朋之)
曲作りにおいて中心は自分のテイスト
ーーまずはお二人の音楽ルーツとこれまでのキャリアを教えてもらえますか?
Joe Ogawa:中学のときにDEFTONESなどのヘヴィメタルにハマったのが最初ですね。ギターを弾き始めて、すぐに曲を作るようになって。理論などはまったくわからなかったんですが、とにかく作るのがおもしろかったんです。高校のときにバンドを組んで、20歳すぎまで都内で精力的に活動して。当時はボーカルと作曲をやってました。一時期、MY FIRST STORYのSho(Gt、無期限活動休止中)ともバンドを組んでたんですけど、結局上手くいかず。その後、ロンドンに行って、クラブミュージックに触れて。2000年代後半くらいなんですが、オールド・ストリートのクラブをまわって、「これはめちゃくちゃカッコいいな」と思い、DJとトラックメイクをはじめたんです。帰国した時期にSkrillexなどのダブステップが流行り始めて、DJ・プロデューサーとして活動し始めたという流れですね。
ーーちょうどEDMの全盛期ですね。
Joe Ogawa:そうですね。EDMのピークはたぶん2016年前後なので。自分もDJとしてもいろんな国を回らせてもらったんですが、じつは飛行機が苦手で(笑)。あまりにも嫌すぎて、楽曲提供にシフトしたところもあるんですよ。
ーーToruさんの音楽の入り口は?
Toru Ishikawa:高校まで台湾、中国に住んでいて、日本の民放テレビは映らないのでまったく観てなかったんです。まだYouTubeもなかったので、MTVばっかり観ていて。ちょうどBackstreet Boys、'N SYNC、ブリトニー・スピアーズの全盛期でしたね。その後、ヒップホップやR&Bを知って。あと、父がスピーカーの製造会社を経営していてその関係で自宅に高価なスピーカーやサウンドシステムがあったのでよくCDを買って聞いていました。その頃に自分も音楽をやりたいと思うようになりました。
ーーその頃はクリエイターではなく、アーティスト志向だった?
Toru Ishikawa:はい。当時は自分が表に出てやりたいという思いが大きかったので。高校で日本に帰って、意気投合した友人達とヒップホップグループを組んで音楽活動を始めました。それが2000年代前半ですね。その後、韓国の事務所の日本支部に入って、今でいう練習生みたいな感じでダンス、ラップ、楽曲制作などをやったんですけど、そのときに曲作りっておもしろいなと思って。クリエイターを目指し始めたのはそこからです。
ーーなるほど。制作に関して、こだわっている部分は?
Joe Ogawa:基本的に頭を浮かんだものを形にしてるだけなんですよ。リファレンス楽曲を提示されたときも、1回聴いてテイストや質感だけを確かめたら、その後は聴かないようにしていて。そうしないとコピーになってしまうし、自分の個性やバックグラウンドを出せなくなってしまうので。
Toru Ishikawa:今はトラックメイクもしていますが、楽曲の制作を始めた頃は、トップラインと歌詞を作ることが主だったんです。Joeさんもそうですけど、身近に優秀なトラックメイク出来るソングライターがいたし、トップラインと作詞を頼まれることが多かったので。
Joe Ogawa:彼にしか作れないトップラインがあるので、替えがきかないんですよ。
Toru Ishikawa:ありがとうございます。
Joe Ogawa:独特なんですよね、Toruくんのフロウは。洋楽的なカッコ良さを抽出してトップラインに乗せることに長けているし、日本語であっても、海外的な譜割りを自然に作れるんです。
ーー幼少期にJ-POPを聴いてなかったことも影響してるのかも。
Toru Ishikawa: 海外にいたので環境的にそこまでがっつり聴いてなかったですね。僕が住んでいた台湾ではK-POPが流行るのも日本よりだいぶ早かったんですよ。H.O.T.、神話(シンファ)、1TYMなどが90年代後半にデビューして、台湾でもすごく流行って。ラップ、歌、ダンスが揃っているグループの形がすでにできていたし、すごくカッコいいなと。その影響もあると思います。
ーー日本のアーティストに楽曲を提供するときは、国内のマーケットも意識しますよね?
Joe Ogawa:ある程度は意識しますが、曲作りにおいては自分のバックボーンが7割、求められるものが3割という感覚なんです。バックボーンの成分は毎年変わってるんですけどね。トレンドも取り入れますけど、中心は自分のテイストなのかなと。
Toru Ishikawa:僕は流行ってるものをどんどん取り入れたいタイプなんですよ。ラップのフロウもトップラインもサウンドも、そのときにカッコいいなと思うことをやるというか。たぶん、あまり深く考えてないんでしょうね(笑)。提供するアーティストに合うクオリティが高い楽曲であれば何でもいいんだと思います。
ーーなるほど。初めて世に出た作品は?
Joe Ogawa:w-inds.の楽曲が最初だったと思います。慶太くんからリミックスの依頼を受けたんですが、彼自身がクリエイターだし、「マスタリングを含めて作曲」という共通認識が最初からあったので、すごくやりやすかったですね。
Toru Ishikawa:僕はØMIさんの「UNDER THE MOONLIGHT」です。Joeさんとコライトさせてもらった曲なんですけど、採用になったときはビックリしました。
Joe Ogawa:あまり期待してなかったからね(笑)。その頃は千本ノック的にデモをどんどん作っていて。トラックをToruくんに送ってトップラインを乗せてもらうことも何度があったんですけど、「UNDER THE MOONLIGHT」もそのなかの一つです。LDHのスタッフから「こういう感じの曲ないですか?」と言ってもらって、7曲くらい送って。そのなかにご本人に刺さった曲があって、「ぜひ使わせてください」という流れです。
Toru Ishikawa:ØMIさんが歌うことになって、多少、手直ししました。最初はがっつりラップが入ってたんだけど、そこを歌っぽくして。トラックダウンにはご本人にもいらっしゃって、直接やり取りさせていただきました。