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大江千里×ちゃんMARIが語り合う、ジャズの魅力と創作へのパワー「夢や希望が世の中を絶対に良くすると信じている」
ニューヨーク在住のジャズピアニスト、大江千里がコロナ禍で制作したニューアルバム『Letter to N.Y.』をリリースした。初のピアノトリオに挑戦した前作『Hmmm』からおよそ2年ぶりとなる本作は、全曲を自宅にてセルフレコーディングした「宅録ジャズアルバム」。先行リード曲となった「Out of Chaos」では、“エレクトリック・マイルス(エレクトリックなサウンドに接近した時期のマイルス・デイヴィス)”にインスパイアされつつもDAWならではのエディット感覚を活かした大江の新境地を切り開くなど、ジャズピアニスト転身後7枚目となる本作も、彼のチャレンジ精神が注ぎ込まれている。80年代にはシンガーソングライターとして一斉を風靡するも、そのキャリアを投げ打って47歳で単身ニューヨークに渡った大江。そんな彼が今回、対談相手に選んだのはゲスの極み乙女。やichikoroのメンバーとしてだけでなく、セッションキーボディストやプロデューサーとしても活動するちゃんMARI。ジャズをルーツに持ちながら、J-POPの最前線で活躍している彼女とともに自身の最新アルバムを振り返りつつ、ジャズの魅力やクリエイターとしてのこだわりについてじっくりと語り合ってもらった。(黒田隆憲)
自分がマイルスと演奏しているような気持ちになる(大江千里)
ーー今回、大江さんのたっての希望でちゃんMARIさんとの対談が実現したわけですが、大江さんから見たちゃんMARIさんの印象はいかがですか?
大江千里(以下、大江):ちゃんMARIさんはポップスの最前線で活躍されていながら、経歴を見るとジャズの先生に師事していたことがあると知って、俄然興味が沸いたんです。確かに演奏を聴くと、ものすごく引き出しが多いんですよね。古いピアノを使ってホンキートンクみたいなアプローチをしたかと思えば、昭和のフォークみたいなニュアンスもあり、かと思えばNIRVANAやRadioheadの香りもある。
すごく優しいR&Bや、ブラコン(ブラックコンテンポラリー)の影響も随所に見られるじゃないですか。「雑食」というと言葉が悪いですが、好きなものがたくさんあって、しかも全てが血と骨になっているんじゃないかと思ったんです。2019年のソロEP『JAPANESE ONNA』もすごく好きなんですよね。映像的で僕好みだなあ、って。僭越ですけど(笑)。
ちゃんMARI:ソロまで聴いてくださったんですね、感激です。ありがとうございます。私は大江さんのこと、リアルタイムでは存じ上げていなくて……というのも、子供の頃は本当にポップスに疎かったんですよ。周りの友人たちはみんな知っていましたから(笑)。それで聴かせてもらったんですけど、「めちゃくちゃかっこいい!」と思いました。なぜ今まで知らなかったんだろう……って。
大江:本当に? 嬉しいなあ。
ーーお二人の共通点はやはり「ジャズ」だと思うのですが、そもそもどんなきっかけでジャズに目覚めたのでしょうか。
大江:もともと僕は、3つか4つくらいの頃からクラシックピアノを習っていたんです。当時の先生が、おそらく高校生くらいだったのかな。「オペラ歌手になりたい」とおっしゃっていたのを覚えています。あるときピアノ発表会で「トルコ行進曲」を演奏することになったんですけど、緊張のあまりBメロから抜け出せなくなっちゃって(笑)。ずっと同じところを繰り返し演奏してたら会場がざわつき始めるし、もうどうしようもないからその場で曲を作って適当にグリッサンドとか派手にやって、「バン!」と終わらせたんです。そうしたら客席から大歓声が巻き上がったんですけど。
ちゃんMARI:すごい!(笑)
大江:でも僕はショックでそのまま楽屋へダッシュで戻ってワーッて号泣したんですよ。そうしたら先生が、「あなたは曲を作るの、絶対好きだよね? 今日からクラシックピアノと一緒に、毎回テーマを決めて曲を書こうよ」と言ってくれたんです。今考えるとそこがジャズの入り口だったのかなと。
ちゃんMARI:いい話ですね。私もどうしてもピアノの課題曲がクラシックになるので、それを聴いているという感じだったんですよね。もちろん、中には「この曲、いいな」と思うものもあったんですけど、それは自発的に聴くというより、あくまでも与えられた音楽ではあったんです。でも、初めて自発的に聴いた音楽の中にジャズの要素があって、今までとどこか様子が違う音楽だなということに気づいたんです。
でも、それがどうなっているのか自分ではよく分からなかった。分からないものは、自分で調べるより人に教えてもらったほうがいいんじゃないかと思って、それで先生を探して「教えてください」と直訴し、レッスンを受けるようになったんですよね。
大江:最初に聴いたジャズって何でした?
ちゃんMARI:記憶にあるのは「Take Five」とか「黒いオルフェ(Black Orpheus)」……あと「枯葉(Autumn Leaves)」ですかね。祖父がシャンソン好きだったので「枯葉」は聴いたことがあったのですが、ジャズアレンジを初めて聴いたときに「え、この曲知ってるけどこんなアレンジだった?」とびっくりして。これまで聴いてきたクラシックとは響きも違うし、リズムのアクセントも全く違うところにあったりするので、新鮮に感じたのだと思います。そこからジャズの魅力に取り憑かれていきましたね。大江:僕は15歳の頃、(大阪の)アメリカ村のレコードショップへ行ってアントニオ・カルロス・ジョビンやウィントン・ケリー、ビル・エヴァンス、トニー・ベネットなどのレコードを、片っ端からジャケ買いして(笑)。僕もちゃんMARIさんと一緒で、家に持って帰って聴いてみたら、それまで聴いていたクラシックや歌謡曲とかとも全然違うのでびっくりして。どういう仕組みになっているのか、その「謎」を解き明かしたいという気持ちで貪るように聴いていたんですよね。
その頃からずっとジャズがやりたかったんだけど、やれないままシンガーソングライターとしての道が開けそうになって。「よし、このまま全てのエネルギーをポップスに注ぎ込んでみよう!」と思って飛び込み、そのまま走り抜けてきました。でも心のどこかにはずっと、「あの時に解き明かせなかった『ジャズの謎』にもう一度向き合いたい」という気持ちがあったんです。それで47歳の時に、ニューヨークのジャズの学校「The New School for Jazz and Contemporary Music」を受験したら受かってしまって(笑)。こんなチャンスはもう、今後の人生にないだろうと思って渡米を決意したんです。
ちゃんMARI:一度はポップスの世界で成功されて、その後に「やっぱりジャズ!」と思ってアメリカまで行くなんて本当にすごいです。そのエピソードを知って、とても勇気が湧きました。「行きたい!」と思ったら行っちゃっていいんだな、自分の心の声を無視してはいけないんだなって。
大江:そんなふうに言ってもらえると嬉しいです。でも、僕が大学に入ったのが2008年の1月だから、そうすると僕の同級生は1990年生まれとかなんですよ。ちなみに僕は1960年生まれ(笑)。みんなと親子くらい歳が離れているわけ。
ちゃんMARI:実は、母が大江さんと同い年なんですよ(笑)。
大江:ほら、そうでしょう(笑)? だから最初はみんな一目置いてくれたというか。単に英語が聞き取れないから教室の一番前で先生の話を聞いていただけなのに、「この人、めちゃめちゃ優秀なのでは……?」と先生にも生徒にも思われていたみたいで。ところがジャズのこと何にも分かってないペーペーだということがすぐに判明し、それからは廊下ですれ違ってもシカト(笑)。でもとにかくジャズを本場で学び、講堂では憧れのレジェンドが教鞭を取っていて、そんな環境に身を置いていることが幸せで仕方なかったんですよね。
ちゃんMARI:いやあ、本当にすごいです。尊敬します。
ーーちゃんMARIさんは、ジャズを習っていて良かったと思った瞬間はどんなときでしたか?
ちゃんMARI:ジャズを習うようになってからは常にそう思っていますね。音楽の捉え方がそこでガラッと変わったんです。決してクラシックが悪いとかではないけど、立体が4次元にも5次元にもなっちゃったみたいな感じ。「ここまで」と思っていた先に、音楽がブワーッて広がっていることが分かって本当に良かったなって。視界も一気にひらけた気がします。
大江:ジャズって一つ「謎」がわかると、「これも応用が効く!」みたいなこともあって。自分がマイルス(・デイヴィス)と演奏しているような気持ちになるんですよね。そういうときは本当に幸せで、授業終わったあとスキップして家まで帰っちゃう(笑)。
ちゃんMARI:めちゃめちゃ分かります! ジャズの理論って一度教えてもらっても理解するまでにすごく時間がかかったり、分かったつもりでも実際に使えるようになるまで時間がかかったり、その間に忘れちゃったりして、一筋縄ではいかない感じなんですけど、「この謎を解き明かして操れるようになったら本当に楽しいんだろうな」と思うことの連続なんですよね。まだまだジャズの2パーセントも分かってないんだろうけど(笑)、これからもジャズは探究し続けていきたいです。