連載「lit!」第41回:hyunis1000 & caroline、Candee、DJ RYOW……独自の美学で時間や空間を捉えたヒップホップ作品
多様な現代のヒップホップシーンにおいて、溢れていくものを掬い取る作業には苦労があるが、逆に言えばジャンルは開かれている。その中で、ある種の統一性や美学を重んじるアーティストや作品群の力強さにはとりわけ耳を傾けたくなる。それらは決して自由を手放しているわけではなく、むしろ屈託なく、各々のスタイルを、世界観を、貫いていると言えるだろう。何よりも多様なシーンの有り様を形作っているのは、そういった音楽かもしれない。
それを裏づけるような作品が、国内のシーンにおいて2023年もリリースされている。それらの作品は、独特の感覚を、場所を、時間をパッケージしていると言えるだろう。今回の「lit!」では、そんな国内リリースのヒップホップ作品を5枚紹介したい。
hyunis1000 & caroline『SNOWDOME』
意識が浮遊していく。〈これは俺が作り上げた宇宙の話〉(「moonlight」)と、アルバム『SNOWDOME』は宇宙をパッケージする。時に幻惑的で壮大、時に内省的に響くシンセサウンド、あるいはメロディアスでミニマルな感触をも携える、プロデューサー carolineのドリーミーで豊かなビートの数々と、ラッパー hyunis1000の気怠く安定的なフロウ。これらがあくまで低空飛行的でありながら、浮遊感を身に纏っていること、そして全体的に顕著な音の隙間に作品の余裕を見る。派手な盛り上がりや詰め込みとは別次元の達成を実現していると言えるかもしれない。
または本作における、世界、または宇宙を想像(創造)することの語りは、場所や空間に対する意識的で刹那的な視座を持って描かれていると言える。4曲目「街に出ない」や7曲目「ZOU (feat. NEI)」における夢想の肯定。孤独な時間を、否定的な言葉を避けて描写しながら、〈隣人は大事〉と隣り合う人々にも目を向け、誰かの、自分自身の実存に寄り添う。まさしく、実存とクリエイティビティの関係性を映し、ここではないどこかを夢想するヒップホップアルバムと言えるだろう。
Flat Line Classics『THROW BACK LP』
品川を拠点とするヒップホップクルーのクラシカルで堂々とした出立はどうだろうか。 DJ SCRATCH NICEやMASS-HOLE、GRADIS NICEら豪華な参加プロデューサー陣による統一されたビートの上で、自らの音楽性を高らかに宣言する彼らは、正統的な、一方でシーンの中で未だ立ち消えないブーンバップスタイルを極め、濃厚なパーティアンセムの数々をシーンに刻む。一聴するだけで明確な、メンバー各々の個性を醸すラップも、純粋なマイクリレーの面白さに溢れ、マイクを回すこと、ビートに乗ることの享楽、いわばラップの快楽を浴びることができるだろう。アルバムとしては、9曲目「HOT MAGIC」の酩酊から、10曲目「BEAUTIFUL MIND」に繋がる抑制の効いた展開の妙も指摘したい。
Candee『Candemic』
Candeeは快楽をパッケージする。何よりも快楽的なラッパーによるセックスソングの数々は、痛快で豊かなメロディセンスと、ZOT on the WAVEとdubby bunnyによる酩酊的なトラップビートの上で語られる。全体に宿るシンプルかつ即物的な感覚、7曲目「Tokyo Druggy Land」や8曲目「Chris Brown」などに顕著な際どさの中に宿るユーモアの類は、シーンの中でも独自性を放つ。同時に2曲目「Wet」のビートスイッチや、全体を貫くラップとメロディ、フロウの転換は、近年のドレイクの仕事に近いものすら連想させるが、その軽快さと明け透けさ、モチーフやワードセンスにおいてナンセンスを感覚的かつ妥協なく取り入れる姿勢は、Candeeの持ち味と言えるだろう。自らのキャリアを回想する側面を湛えながらも、この作品で提供される快楽的な時間の恍惚こそ、息苦しい社会の中では、希少性を孕むものかもしれない。