連載「lit!」第29回：Drake & 21 Savage、Kendrick Lamar、Watson……市川タツキが選ぶヒップホップ年間ベスト2022

　世界を脅かしたパンデミックが訪れてから2年が経ったとはいえ、悲惨で暴力的なニュースが現実を覆っている。そんな悲観的な考えが、どうしても浮かんできてしまうのが2022年という年であったと思う。同時に、光に目を向けるのであれば、ほんの少しずつにでもかつての生活ーーそれは人同士が実際に対面し、場所を気にせず移動できるようなーーを人々が取り戻し始めたことである。

　その中で、だからこそ、我々は今一度「場所」について思いを巡らせるかもしれない。それは、自分の今いる場所について、今いる場所から抜け出すことについて、自分の本当の居場所について。海外アーティストの来日やイベントもようやく再開し始めた2022年、そんな今年のヒップホップシーンについて回想するのであれば、ビッグネームのリリースからアンダーグラウンドのコンセプチュアルな作品まで、いずれも、それぞれのアーティストが現在地点である、自らの居場所やスタンスを表明するような作品が目立つ年だった。

　その中で筆者は、一度その場所に立ち止まり、そこに光を当てる、または影を見つめる作品に惹かれた。当然、音楽作品として、単純に高品質なものは多かった印象もあるが、ある場所についての視座、あるいは全てが変わっていってしまうこと、または有限的である時間への視座、そういったものが内包されていることにこそ、この時代に何よりも重要性を感じている。

　今回の「lit!」では、こういった私的な、ただし一部の人々は共感してくれるかもしれない、そんな視点を持って、2022年にリリースされたヒップホップ、ラップアルバムの年間ベストを選出する。数多くの優れた作品を前にして、悩んだ結果ではあるが、国内外を混合して10枚選ばせてもらった。

① Drake & 21 Savage『Her Loss』
② Vince Staples『Ramona Park Broke My Heart』
③ Kendrick Lamar『Mr. Morale & The Big Steppers』
④ Benny The Butcher『Tana Talk 4』
⑤ Watson『FR FR』
⑥ Babyface Ray『Face』
⑦ J.I.D『Forever Story』
⑧ Buddy『Superghetto』
⑨ ゆるふわギャング『GAMA』
⑩ Billy Woods『Church』

　まずは、①に置いた『Her Loss』の態度に驚かされた。今年2枚目のアルバムリリースとなるドレイクと、21 Savageによるこのプロジェクトは、荒々しく生々しく、トキシックな側面すらも全編のリリックに湛えながらも、〈21, can you do somethin’ for me?〉（「Rich Flex」）から始まる、2人によるラップの誘惑、ビートに振り回され、メロディに溺れる、そんなヒップホップアルバムとしての強度にひれ伏すしかない、まさに敗北感に襲われるような出来である。音としての快楽とトピックの攻撃性にどう折り合いをつけるべきか。2022年のヒップホップシーンにおける問題作と言っていいだろう。同時に、スタイルを変えずとも、ドレイクのラップスキルの高さや21 Savageという存在の独自性、それぞれの強みを最大限証明するような作品になっていることも強力である。また、『Honestly, Nevermind』と併せて聴くと、パートナーシップの消失について歌い続けるドレイクの歌詞が、この時代においては、有限性への意識として示唆的に聞こえることもあるかもしれない。

　②のヴィンス・ステイプルズ『Ramona Park Broke My Heart』と⑧のバディ『Superghetto』は西海岸の陽光に照らされる作品として横に並べたい。前者は地元のロングビーチについて、後者は地元のコンプトンについてラップをする、いわば“場所についてのアルバム”と言えるが、その眼差しの違いが興味深い。前者はロングビーチの悲惨な現実について軽快にラップし、その重さと軽さのバランスで魅せる。カジュアルな印象を与える彼の音楽性、陽光に照らされたビーチの情景がありありと浮かぶ環境音の中に、悲劇の時間が横たわり、ダークかつリアリスティックなドラマが綴られている。一方後者は、自らのフッド／ゲットーの現実から目を逸らさずとも、リリックの内容は、軽快な本人のラップのフロウと同じく、カジュアルでラフなものだ。両者ともにその軽快さを音楽性の面で携えつつも、お互いのリアルの切り取り方の違いからは、表現としての多様さを見せつけられた。