連載「lit!」第16回:Megan Thee Stallion、JID、Kenny Beats……内省的テーマを扱うラップアルバム

 “私は時々内省的になる”、というのは9月に来日公演も決定しているリトル・シムズが昨年リリースしたアルバムのタイトル(『Sometimes I Might Be Introvert』)だった。人の死が身近な事象として取り沙汰され、メンタルヘルスの問題がさらに顕在化したパンデミック以降、ヒップホップに限らず表現における内省的テーマに、今まで以上にフォーカスが当たるようになった。

 今年、直近でリリースされたラップアルバムのいくつかも、アーティストが個として、自らの感情やトラウマ(それは身近な人の死の影響であったり、恋愛感情であったり多岐にわたる)と向き合い、表現として昇華させる作品が目立っていた。

 そんな中で今回は、「内省的テーマを扱うラップアルバム」を5枚紹介する。

JID『The Forever Story』

 「より良い日々を生きていた」。そう歌うのはJ. コールが主催するレーベル<Dreamvillel>の最注目株、JIDだ。タイトルから2017年にリリースしたアルバム『The Never Story』の続編的な位置付けになりそうな新作『The Forever Story』は、ソウルやゴスペルのテイストに加え、ジョンテイ・オースティンやレイブン・レネーによるコーラスやジェイムス・ブレイクの貢献で、どこかドリーミーな感触をリスナーと共有しながら、JIDのハイトーンな声による独自のフロウとサウンドプロダクションが楽しめる作品となっており、現時点までの彼の最高傑作と言ってもいいだろう。その中で、比較的リリックは外に向いており、JID自身の現在地を示すような、以前との環境の違いについて語られている。一方で影を落としているのが死についての言及だ。EarthGangと共演する5曲目「Can't Punk Me」では、銃社会のアメリカあるいはアトランタの、死と隣り合わせの環境を強烈に綴る。さらに、失ってしまった身近で大切な人々の記憶も散りばめられている。例えば7曲目「Kody Blu 31」はJIDの知人であるサッカー選手Kodyに向けて歌われている。残酷な現状や身近な人の死を悼みながら、メランコリックに陥ることなく、自らの道を行くJIDの姿は悲しみという単純な言葉や感情だけでは語れない。

JID - Kody Blu 31 (Official Music Video)

Megan Thee Stallion『Traumazine』

 アーティストにとって、ある種のセラピー的なアルバムは今年もいくつか存在したが、Megan Thee Stallionの新作も、同様の様相を呈していた。アッパーかつエンパワーメント溢れる今までのスタイルに加え、本作『Traumazine』は、タイトルの通り、Megan自身が抱えるトラウマに向き合うようなダークな内容となっている。Lucky Dayeが参加する14曲目「Star」に顕著なR&Bのテイストから、ハードなトラップミュージック、またはハウスやキャッチーなポップスまで、ラップアルバムとして満遍なく、ただし器用にサウンドの多様さを見せ、耳を満足させてくれる。11曲目「Anxiety」では、母親という最も近い人物を失い、その喪失感と抱えていたメンタルヘルスについて綴っている。個人的な喪失と不安を歌う、彼女のディスコグラフィでも指折りにヘヴィなこの作品を、デュア・リパとの「Sweetest Pie」が締めくくるのは重要である。それまでの流れから一段とポップに振り切るこの楽曲は、まさに自分自身のセクシュアリティと性格をポジティブに、エンパワーメントするような作品となっている。自らの記憶と向き合ったMeganが見せるこのアルバムの結末は、彼女らしさが表れた、爽快なものになっていた。

Megan Thee Stallion & Dua Lipa - Sweetest Pie [Official Video]

Rod Wave『Beautiful Mind』

 Rod Waveは歌唱に振り切る。元々メロディアス志向の強かった彼が、『Beautiful Mind』で見せたのは美しく切ないメロディ、R&Bとラップの甘美な横断と一筋のノスタルジーだ。「Alone」で幕を開ける本作は、いくつかの失恋の痛みを回想しながら、自らの孤独感と向き合っていく。名声に溺れる様子と抱える孤独を詳細に描写する9曲目「Sweet Little Lies」や、感情を掻き立てるようなコーラスが印象的な20曲目「Everything」などで、埋まらない心の穴に対しての葛藤が窺えるだろう。際立つピアノやギターの情感あふれるトラックも、彼の心象風景を映すことに貢献。その中で、最終曲「Cold December」では、ハンク・ウィリアムス・Jrの「O.D.'d In Denver」をサンプリングしながら、「孤独な冬はいらない」とコーラスで吐露する。いくつかの恋愛の記憶を回想するこの曲で提示される、楽観的な希望は少々ロマンティックすぎるかもしれないが、自らと向き合い、自省しながら、24曲にも及ぶ感情の旅を経て辿り着いた結末として、その歌声を肯定したい。寒い冬が明けることを祈って。

Rod Wave - Cold December (Official Video)

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