連載『シティポップ(再)入門』:大貫妙子『SUNSHOWER』
シティポップ(再)入門:大貫妙子『SUNSHOWER』 時代を経るごとに評価を高めた名盤にして永遠の定番作
この1977年当時の最先端サウンドの背景には、2人のキーパーソンがいる。ひとりはその後の大貫妙子にとって欠かせない存在となる坂本龍一だ。当時の彼はまだYMO結成前であるだけでなく、ソロ作品すらも発表しておらず、あくまでも知る人ぞ知る新進ミュージシャンのひとりでしかなかった。1975年からスタジオミュージシャンとして活動していたが、『Grey Skyes』で数曲関わったことによって大貫妙子から絶大な信頼を得たため、『SUNSHOWER』では全曲のアレンジを任されることになるのだ。当時のクロスオーバーサウンドを研究し尽くした坂本龍一のアレンジは、まさにマジカルとしかいいようがない華やかさを醸し出しており、彼のYMO以前の仕事では最良のもののひとつだといえるだろう。
坂本龍一と並ぶもうひとりのキーパーソンとなるのが、ドラマーとしてほぼ全曲に参加しているクリスことクリストファー・パーカーだ。彼は米国で活躍したStuffというフュージョンのスーパーグループのメンバーである。ゴードン・エドワーズをリーダーに、コーネル・デュプリー、リチャード・ティー、エリック・ゲイル、スティーヴ・ガッドといった卓越したメンバーが揃ったスタッフは、1976年に『Stuff!!』という傑作を発表して日本でも非常に高い人気を誇っていた。1977年4月にイベント出演のため来日したスタッフにおけるクリスのプレイを観た当時の大貫妙子のマネージャーが、直接本人と交渉してレコーディング参加の依頼をし、なんと翌月に再来日させたというから驚きだ(※1)。しかも、レコーディングのタイミングでは、坂本龍一のアレンジもほぼ完璧に仕上がっていたという。そして、期待通りのドラムプレイで、アルバム全体に独特のグルーヴを作り出すことに成功したのだ。来日期間の関係で実質20日間ほどのレコーディングだったということも驚きだが、その短期集中も本作の全編に感じられる瑞々しさの要因だろう。
クリス・パーカー以外に、細野晴臣、後藤次利、松木恒秀、大村憲司、斉藤ノブ、清水靖晃、そして山下達郎といった当時の気鋭の日本人ミュージシャンたちが多数参加していることも『SUNSHOWER』の魅力だ。そして彼らを束ね、洋楽に引けを取らないハイクオリティのサウンドを作り上げた坂本龍一の采配ぶりは見事としかいいようがない。とりわけ、冒頭を飾るきらびやかな「Summer Connection」、『YOUは何しに日本へ?』でも言及されていたラテン調の「くすりをたくさん」、マーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーからの影響を感じられるソウルフルな「都会」、トッド・ラングレンにインスパイアされたという疾走感に満ちた「Law of Nature」、坂本龍一が作曲を手掛けたプログレッシブな「振子の山羊」といった楽曲のアレンジは特筆すべきだ。ジャズ、クロスオーバー、ソウル、ファンク、AORといった様々なジャンルをうまくミックスしながら芳醇なサウンドを作り上げている。ダンスミュージックとしても成立するくらい躍動感のあるリズムセクションをベーシックに据え、70年代特有のメロウな感覚もたっぷりと詰め込まれているのだ。そこに大貫妙子の独特な質感を持つ伸びやかなボーカルが乗っているため、極上のポップスとして聴くことができる。そして、ここまでグルーヴィーでエッジの効いた大貫妙子は、後にも先にも本作だけといってもいいくらい突出しているのである。