連載『シティポップ(再)入門』:大貫妙子『SUNSHOWER』
シティポップ(再)入門:大貫妙子『SUNSHOWER』 時代を経るごとに評価を高めた名盤にして永遠の定番作
とりわけ「都会」のスタイリッシュなサウンドと少し気だるいボーカルのマッチングは、現代のシティポップ・ブームとジャストに呼応する名曲だ。サウンドやボーカルだけでなく、ここでは作詞家としての大貫妙子の魅力も開花している。冒頭の〈眠らない夜の街 ざわめく光の洪水〉という2センテンスだけで東京という街を見事に表現し、都市生活者の世界へと連れて行ってくれる。杉並区に生まれ育った生粋の東京人である彼女だからこそ表現できる歌詞の世界は、まさしくシティポップの教科書といってもいいかもしれない。この「都会」という楽曲は以前からDJ人気が非常に高かったこともあるが、ここ数年はカヴァーされる機会も増えた。土岐麻子、サノトモミ、田中裕梨といったネオ・シティポップにつながる女性シンガーに歌われることが多く、このあたりは竹内まりやの「プラスティック・ラブ」とも共通する匂いを感じられる。名曲揃いの『SUNSHOWER』だが、その魅力を象徴する一曲といえばこの曲を真っ先に挙げるべきだろう。
一方でシュガー・ベイブのラストコンサートでも披露されたバラード曲「からっぽの椅子」、ジャジーかつソウルフルな味わいの「誰のために」といったどちらかというと内省的な楽曲をいくつか忍び込ませているのも特徴だ。80年代に入ってから生み出された『ROMANTIQUE』(1980年)、『AVENTURE』(1981年)、『Cliché』(1982年)という、いわゆるヨーロッパテイストの作品群におけるアンニュイでメランコリックな路線は、『SUNSHOWER』に収められたこれらの内省的な楽曲群を聴けばすでにある程度完成されていたことがわかるだろう。いずれにせよ、『SUNSHOWER』はこの先の路線が固まっていない段階での過渡期の作品とはいえ、楽曲のクオリティやサウンドにおいて大貫妙子らしさを保っており、その後の作品と比べてもまったく申し分のない価値を持つ重要作であり、当時セールスに苦戦したというのが信じられないくらい、今も十分に傑作と感じられるアルバムなのである。
とはいえ、古くからのファンにとっては、なぜ今さら『SUNSHOWER』ばかり持ち上げられるのか、という疑問や不満もあるかもしれない。しかし、シティポップが世界的に注目された今、本作をその中心に据えても他のアーティストや作品に見劣りしないクオリティをたたえていることに異論はないはずだ。逆にいえば、リアルタイムではさほど理解されていなかった『SUNSHOWER』が、ようやく然るべき評価を受けられるようになったといってもいいだろう。さらにいうと、これだけの名盤を埋もれさせることなく聴けるようになったことは、90年代に発掘したDJたちや、世界中からアクセスして評価してくれた若きシティポップ・ファンのおかげだし、彼らに感謝すべきともいえる。
現在も続く『SUNSHOWER』人気のきっかけはバラエティ番組の力もあるかもしれないが、あくまでもその事実は大貫妙子の素晴らしさを知るための導入部でしかない。そして、そこから彼女の他の作品に触れることによって、『SUNSHOWER』以外にも素晴らしい作品があることを知り、その上であらためて『SUNSHOWER』が名盤であることを思い知らされることになるだろう。そういった意味においても『SUNSHOWER』がシティポップの入門編として、そして永遠の定番作品として最高の一枚であることは間違いないのである。
(※1)『シティ・ポップ 1973-2019』(ミュージック・マガジン)本人インタビューより
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