米津玄師『Pale Blue』レビュー:相反する要素が同居することによる強烈なリアリティ

『Pale Blue』
米津玄師『Pale Blue』

 「Lemon」や「馬と鹿」といった大ヒット曲、あるいは現在もストリーミングなどでロングヒットを続けている「感電」などを収録した米津玄師の前作『STRAY SHEEP』はCDセールスが150万枚を突破するという近年の音楽シーンの常識を覆すほどの絶大なヒットを記録し、本人にとっても、J-POPにおいても現代における新たなスタンダードを定義したと言える作品となった。

 あれから約10カ月が経った6月16日、アルバムを経て最初のシングルとなる『Pale Blue』が映し出しているのは、彼が全く落ち着くことなく、未だに自分の音楽性を広げ続け、再び新たなスタンダードを定義しようと挑み続ける姿である。

 〈ずっと恋をしていた〉というこれまでの彼の楽曲の中でも最もストレートな言葉をファルセットで歌い上げるイントロが強烈な表題曲「Pale Blue」は今の彼が正面から“ラブソング”に挑んだ作品だ。だが、本楽曲が描く恋愛の姿は、喜びや安心感に満ちた幸福な側面だけではなく、そこには痛みも苦しみもある。

米津玄師 – Pale Blue

 AメロやBメロでは、別れを目の前に完全に割り切っているような様子や、穏やかで幸福感に満ちた瞬間、そして壊れてしまった関係を終わらせようとする中で何故か感じてしまったためらいなど、恋愛の一つひとつの場面が描かれていく。それぞれのトラックは使用楽器の一部分のみを使った音数の少ないもので、メロディも一つひとつの言葉を丁寧に確かめるように歌われ、まるでパズルのピースを一つひとつ埋めていくように断片的に物語が構築されていく。そして、サビではそれらの要素が一つとなって、痛みや苦しみを感じていながらも自らを突き動かしてやまない相手への強烈な想いが爆発する。重厚なストリングスの音色や力強いリズムと共に、一つひとつの感情を一気に吐き出すような歌声に感情を突き動かされる。

 特徴的なのは、本楽曲ではあくまで「わたし」による相手への一方的な感情のみが語られ、具体的なエピソードや相手側の反応といった客観的な側面が一切描かれていないことだろう。歌われる言葉はいかに「わたし」があなたのことを想っているか、どう感じたかだけでありとあらゆる比喩を用いて時には相反するような感情の一つひとつを語り続けている。この偏執的とも感じられるような書き方によって、本楽曲は単なる幸福なだけの楽曲以上に「恋愛」という一つの狂気をよりリアルに感じさせる。

 楽曲の構造自体にも仕掛けがあり、ラストパートではリズムが8分の6拍子へと切り替わり、やっと安心してゆったりと身を委ねられるような展開が訪れる。そこで描かれるのは相手と強く抱き合うという平和な場面であり、冒頭のフレーズの現在形である「ずっと恋をしている」という言葉で物語が終わる。それまで断片的に描かれたパズルが完成したような、恋愛における最も美しい場面を描いた見事な幕切れだ。だが、あくまでそのピースの中には別れの場面や苦しみ、痛みが含まれている。その記憶と、曲調に対してあまりにもエモーショナルな歌声がこの瞬間の儚さ、切なさ、そして美しさを限界まで引き上げる。きっとこの瞬間は決して長続きすることはないだろう。あるいは二度と訪れることのないかつての思い出かもしれない。だが、この瞬間のために全てがある。本楽曲はそんな恋愛の美しさと醜さを描ききったキャリア屈指の究極的なラブソングだ。

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