米津玄師『Pale Blue』レビュー:相反する要素が同居することによる強烈なリアリティ

 恋愛という内面的なトピックを取り扱った表題曲に対して、カップリングの「ゆめうつつ」は社会的な生きづらさを描いた怒りを感じさせる楽曲だ。冒頭のドリーミーな音色に浸っていると、一瞬のノイズと共に場面転換が行われ、ピアノの音色が牽引するシンプルな構成の中で、現代を生きる上で感じる虚しさが歌われていく。他の人が感じる痛みを理解しようとしても決してお互いが交わることは出来ずに、誰にも気づかれることなく傷が増えていく主人公の姿や、羊のモチーフはまさに群集心理同士がイデオロギーの対立を続ける現代の縮図を描いたものだろう。その中であくまで歌声はこの世の中に愛想を尽かしながら〈君が安らかな夢の中 眠り続けられますように〉と、この世界の中で一人夢に耽る姿を肯定する。だが一方で楽曲の後半、徐々にパターンを変えながら急激に手数が増えていくドラムの様子に不穏な気配を感じていると、突然ブツッと切れて楽曲が終わってしまう。それはまるで誰かに夢から叩き起こされるような不快さであり、結局は夢の中に居続けることは出来ないという無情さを表現しているかのようだ。

米津玄師 - 死神  Kenshi Yonezu - Shinigami

 本作収録楽曲のうち、唯一ストリーミングサービスなどでの配信が発売から遅れたタイミングで行われる「死神」はこれまでの枠を広げるような2曲に対して、まさに初期から続く彼らしいユーモアに溢れた楽曲と言えるだろう。本楽曲のモチーフはタイトルにもある通り古典落語の「死神」であり、死神との取引によって人の寿命が分かる能力を得た主人公が荒稼ぎの果てにかの“寿命のロウソク”を目の当たりにした瞬間をグルーヴィーなロックサウンドに乗せて軽い口調で歌い上げる。噺の中に出てくるおまじない〈アジャラカモクレン〉と〈テケレッツのパー〉というフレーズに「アチチチチチチチ」というコーラスを織り交ぜながら、パニックの果てに死神に救いを懇願する主人公の姿や、その様子を見て満足げに嘲笑う死神の姿を歌う姿はただただ可笑しく、ダークな楽しさだけを純粋に楽しむことが出来るカップリングらしい名曲と言えるだろう。終わり方も実に美しい。

 相変わらずCD盤のパッケージも凝った仕上がりで、まさに「Pale Blue」の作風を別の形で表現したと言えるであろうジグソーパズルを同梱した「パズル盤」とパッケージ自体をリボンで結んだ「リボン盤」が用意されている。また、先着購入特典としてフレグランスも用意されているのだが、例の「死神」には〈おしまいのフレグランス〉というフレーズが登場しており、CDを買って初めて同楽曲を聴いたリスナーは“これってまさか..….”と感じることだろう。是非パッケージ全体で作品の世界観を体験してほしい。

 恋愛における出会いと別れ、現実と夢、生者と死神と、『Pale Blue』に収録された3曲ではそれぞれ相反する要素が一つの世界に居心地悪そうに同居している。だが、だからこそその音楽には強烈なリアリティが存在しており、居心地の悪い現代を生きる人々に強く支持されるのだろう。

■ノイ村
92年生まれ。普段は一般企業に務めつつ、主に海外のポップ/ダンスミュージックについてnoteやSNSで発信中。 シーン全体を俯瞰する視点などが評価され、2019年よりライターとしての活動を開始
note:https://note.com/nmura
Twitter : @neu_mura

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