峯田和伸の記憶と未来への眼差し ドキュメンタリー『2020年の銀杏BOYZ』と新作『ねえみんな大好きだよ』から伝わること
『光のなかに立っていてね』以来、約6年半ぶりのリリースとなる銀杏BOYZのフルアルバム。『ねえみんな大好きだよ』と題された作品は、コロナ禍の2020年を生きる私たちを救ってくれるような傑作だった。
ひとりのリスナーとして今作に感じたことは、「生死」と「記憶」についてだ。「生きたい」をはじめ、これまで以上に生死について触れられた楽曲の数々。なかでも印象的だったのは「アーメン・ザーメン・メリーチェイン」。この曲を作るきっかけとなったのは、2019年の渋谷La.mamaの楽屋で、ガンで闘病中だったオナニーマシーンのイノマーに向けて寄せ書きした「死なないで。生きるまで」という言葉。峯田和伸は自分で書いたその言葉が意味するものを追いかけ、同年9月、ロンドンでのライブ前夜に宿泊先近くの公園墓地で楽曲を書き上げたという。
ほかにも、「SKOOL PILL」の歌詞には〈ブルーハーツ〉、「骨」には〈ビートルズ〉や〈NIRVANA〉、「GOD SAVE THE わーるど」には〈リバー・フェニックス〉など、いまは亡き人物やバンドの名前が出てくる。「GOD SAVE THE わーるど」の歌詞には、岡崎京子が1993年から翌年にかけて連載していた漫画『リバーズ・エッジ』のタイトルも出てくる。同漫画は、若者たちが河原で見つけた死体の秘密を共有し合う物語だ。
「恋は永遠 feat.YUKI」の〈ロックはふたりを あの日のふたりを/きっと忘れないから〉という歌詞のように、峯田は旧友との思い出も含めた様々な記憶を引き上げて、楽曲に焼き付けている。
一方で、「エンジェルベイビー」や「生きたい」からは“子ども=未来”を想起することができる。「アレックス」では、思い描いていたものとは違う未来について歌っている。「NO FUTURE NO CRY」(2005年)と叫んでいた銀杏BOYZは、2014年「光」の〈いけるかな 光の射す場所へ〉を経て、「2020年に見る未来像」を今作で示した。
GOING STEADYの曲をセルフカバーした「大人全滅」に〈どうしてぼくはうまれたの どうしてぼくはしんじゃうの〉との一節があるが、このアルバムはまさに「死を知ることで生を実感できる」ということを伝えてくれる作品だ。なくなってしまったもの、死んでしまった人たち、過ぎ去った出来事などの記憶をよみがえらせながら、未来に眼差しを向け、これからも何とか生きていこうという想いを音楽で表現している。「生きたい」の〈生きたくってさ/なくしたもののために〉の詞が指すように。
峯田の記憶を辿るドキュメンタリー
先日、本稿とは別件で峯田にインタビューを行ったのだが、過去の出来事について振り返る際、日付、同級生などの名前、10代の頃に聴いたアルバムの曲順などを克明に記憶していることが驚きだった。
峯田は筆者に、「たとえば誰かと初めてデートした日、相手の服が何色だったか覚えていますか?」と尋ねた。私が「さすがに覚えていない」と答えると、彼は「僕はそこまで覚えちゃうんです」と話した。続けて「音楽を聴くことが日記のようになっている。音楽を聴くと、どこでそのCDやレコードを買ったか、これを聴いていたときは何があったかを思い出す」と語っていた。
もうひとつ、インタビュー時に聞いた話がある。1994年4月5日にカート・コバーンが急死したときのこと。その後、峯田は祖母を亡くしたそうだ。葬式の日、峯田は自室にこもってNirvanaの『In Utero』(1993年)を聴いていたことから、今でも同作の曲を耳にすると当時を思い出して線香のにおいを感じるというのだ(詳しい寄稿文は10月下旬発売の雑誌『GOOD ROCKS! Vol.108』を読んでほしい)。
その話を聞いて連想したのがドキュメンタリー映画『パーソナル・ソング』(2014年)。アルツハイマーや認知症の患者に、思い入れのある音楽や青春時代の流行歌を聴かせると、失くした記憶がよみがえる音楽療法のことが取り上げられていた。峯田の感覚はそれに近いのかもしれない。音楽と記憶は実際にかなり密接な関係にある。
9月26日にBSフジでオンエアされたドキュメンタリー番組『2020年の銀杏BOYZ』は、まさに峯田和伸の記憶の一端を辿る作品だった。同作は、峯田と女優・松本穂香が自撮り形式でカメラをまわしながら、深夜の渋谷の街を歩き回るというもの。
峯田は、松本からいつ上京してきたのか質問されると、「そんなのWikipediaで調べたらいいじゃん」とイジワルに返しながら、「25年前だね」と思い返す。ライブハウス・WWWの店前に着いたときは、「ここはもともと、シネマライズっていう単館系の映画館だったんだよ。よく行ったんだよね。『トレインスポッティング』(1996年)を2日連続で観た」と記憶を紐解く。PARCO劇場前では、三浦大輔作・演出の主演舞台『母に欲す』(2014年)のことを話す。
ちなみに『母に欲す』で共演した池松壮亮は、峯田について「できれば会いたくなかった。職業的に俳優をやっている人からすると、(峯田と)向き合うとこっちの嘘(=演技)がバレちゃうから」とコメントしている。松本との街ブラのなかでも峯田は着飾った部分をまったく見せない。松本との会話の間を埋めようと多弁になる部分もそうだし、暑さのあまり汗だくになり、Tシャツで顔をゴシゴシと拭くところなど、誤魔化しのない姿がとらえられている。