鬼束ちひろは、本当の意味で復活を果たしたーーライブから伝わる“歌表現者”としての真価

鬼束ちひろ、“歌表現者”としての真価

 11月の中野サンプラザ公演の話に戻すと、開演前の会場の雰囲気は一種独特だった。果たして今夜の鬼束ちひろの状態はどうなのか。声はどのくらい出るのか。復活と呼べるステージになるのかどうなのか。自分を含め、そんなふうにある種の緊張を持ちながら開演を待っている人が多いように感じられた。

 驚いたことにそのライブは3枚目のシングル曲「Cage」で始まった。〈誰か言って 激しく揺さぶって “もう失うものなどない”と〉という歌詞の一節が突き刺さり、その曲をオープナーに選んだ彼女の思いを考えたりしながら聴いた。バンドは、ピアノ、チェロ、パーカッションというミニマルな編成。必要にして十分。やはり鬼束ちひろの歌と声の特性に何より合っている楽器がピアノとチェロであることを改めて思った。彼女の全盛期と言える東芝EMI時代(2000~2003年)の代表曲ばかりでなく、その後のさまざまな時期の重要曲が演奏された。そして肝心のボーカル。始めの頃はまだ多少ピッチの揺れがあったがしかし、声の出力は驚くほどで、かつてのレベルにかなり近いくらいまで戻っていた。ある時期の彼女はまるきり声の力が弱まってピッチも定まらないという状態にあり、つまりまともに歌えていなかったわけだが、それと比べたらまるきり別人。よくぞここまで戻ったなと、そう思った。

 MCはもちろん最後まで一切なし。曲が進むごとに彼女の歌声は艶を帯び、出力も増していった。集中力というか、歌への入り込み方がどんどん増していくのが感じられた。まさしく全身全霊。わけても終盤の4曲……「蛍」「流星群」「good bye my love」「月光」の流れにおける歌表現は胸に迫るものがあった。〈叫ぶ声はいつだって 悲しみに変わるだけ こんなにも醜い私をこんなにも証明するだけ でも必要として〉。大名曲である「流星群」のその一節が、これまでと現在の彼女のありように重なり、自分は落涙した。

 その2016年11月4日の中野サンプラザホールで歌われた全17曲に、2016年7月の大阪サンケイホールブリーゼで収録された(中野サンプラザでは歌われなかった)5曲を加え、2枚組全22曲のライブアルバムとしてまとめられたのが、『Tiny Screams』だ。2月にリリースされたスタジオ録音によるオリジナル新作『シンドローム』の初回限定盤にもその2公演からセレクトされた10曲のライブ音源がボーナスディスクとして付いていて、それはファンの間で「鬼束ちひろ、過去最高のライブ音源」と大きな評判を呼んで発売後まもなく各地で品切れ状態となったそうだが、今回の『Tiny Screams』はそのことを受けての拡大版正式リリースというわけである(加えて4曲のライブ映像ほかを収録したDVDもパッケージされている)。

 曲順は中野サンプラザ公演の通りではなく、大きく変えられている。例えば中野サンプラザでは最後に歌われた「月光」が、このライブ盤ではDisc1の1曲目。Disc2の終盤は最新作『シンドローム』に収録された「碧の方舟」と「good bye my love」が、花岡なつみに提供した「夏の罪」のセルフカバー(シングル『good bye my love』にカップリングで収録)を挿む形で、つまり現在の鬼束ちひろをわかりやすく伝える終わり方になっている。この3曲の歌唱と流れがとりわけ素晴らしく、聴き終えたあとに深い余韻が残る。

 東芝EMI時代の名曲群から、2007~2009年あたりの佳曲・代表曲、そして今年の新作収録曲まで。初のライブアルバムであると同時に、これは全キャリアにおいてのベストアルバム的な内容で、しかも余分な音が一切鳴らされていないベストテイクばかり。昔からのファンだけでなく、しばらく離れていた人もこれは聴くべきだし、まだちゃんと鬼束ちひろの音楽と出会ってないという人には初めの1枚としてすすめたい、そういうアルバムだ。

 自分が鬼束ちひろに取材した最後は2007年(シングル『everyhome』のリリース時)で、それ以来会っていない。が、今年2月に6年ぶりの新作『シンドローム』を発表した際、音楽ナタリーにインタビューが掲載され、それが現在の彼女のモードをよく表していて、いくつかの発言になんだかグっときてしまった(インタビュアーは大山卓也さん)。そのなかで彼女はこんなことを言っていた。

「今は自分をガンガン出すっていうより、みんなが求めている鬼束ちひろ像に応えるということをすごく重視してます」

「ファンの人たちはどんな鬼束ちひろが好きなんだろうって、そっちのほうが大事だなって思いました」

「鍛えていって、もっと身体を楽器みたいに鳴らしたいんです」

 鬼束ちひろが遂にこの境地に立てたというそのことが、自分にはとても感慨深かったし、嬉しかった。ずいぶん長い時間がかかったけど、彼女はもう大丈夫だろう。

 現在、鬼束ちひろは15年ぶりの全国ツアー『シンドローム』を4月から行なっており、評判は上々。7月12日には再び中野サンプラザホールのステージにも立つ。今の彼女が最良の状態にあることは間違いない。昨年11月の公演からのさらなる進化(深化)に期待したい。

(文=内本順一)

鬼束ちひろ - Live Album『Tiny Screams』トレーラー
『Tiny Screams』

■リリース情報
『Tiny Screams』
発売:2017年6月21日(水)
完全生産限定盤(2CD+DVD)¥3500(税込)
※高音質SHM-CD スペシャルデジパック仕様
【収録曲】
Disc 1
1.月光 **
2.眩暈 **
3. Cage ** ☆
4. call ** ☆
5. 流星群 **
6. 茨の海 * ☆
7. Castle imitation ** ☆
8. King of Solitude * ☆
9. BORDERLINE ** ☆
10. Sign * ☆
11. 嵐が丘 ** ☆

Disc 2
1. 私とワルツを ** ☆
2. MAGICAL WORLD **
3. everyhome *
4. 蛍 **
5. ラストメロディー ** ☆
6. 帰り路をなくして **
7. 陽炎 ** ☆
8. 惑星の森 *
9. 碧の方舟 ** ☆
10. 夏の罪 **
11. good bye my love ** ☆

DVD収録曲
月光 **
MAGICAL WORLD **
夏の罪 **
good bye my love **
[good bye my love][夏の罪] Music Videoメイキング映像

Live at 大阪サンケイホールブリーゼ on July 22, 2016 *
Live at 東京中野サンプラザホール on November 4, 2016 **
CD初収録 ☆

■ツアー情報
鬼束ちひろ コンサートツアー『syndrome』
6月23日(金)沖縄 ミュージックタウン音市場
7月 7日(金)札幌 Zepp Sapporo
7月12日(水)東京 中野サンプラザホール(SOLD OUT)
※全席指定(椅子)、終了公演は割愛

<特別追加公演>
7月14日(金)宮崎 メディキット県民文化センター(演劇ホール)
7月18日(火)東京 Zepp DiverCity (TOKYO)

全会場共通 18:00open/19:00start
チケット料金¥6500(税込)※6/23、7/7、7/18はドリンク代別途¥500

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ぴあ
ローチケ 

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