『虎に翼』憲法記念日に法律の存在意義を示した凄さ 朝ドラを更新する吉田恵里香の構成力

『虎に翼』が憲法記念日に訴えたもの

 法律とは「きれいなお水が湧きでている場所」。憲法記念日に放送された『虎に翼』(NHK総合)第25話で語られたセリフである。

 『虎に翼』はこれまでの朝ドラと違って新しいという声がSNSに流れている。新しさにもいろいろあるが、憲法記念日に、法律とは守るべき清らかで美しいものであることを登場人物が語るエピソードが放送されたことも新しさのひとつであろう。

 これまでの朝ドラでは、終戦の日に戦争のエピソードが描かれたり、クリスマスやお正月にイベントが描かれたりしてきた。憲法記念日の放送回で、ヒロイン寅子(伊藤沙莉)が法律は人間が闘うための武器でも身を守るための盾でもなく、人間が守るべきものだという境地に至るとはなんて清々しいことか。

 法はきれいな水であり、よけいな色を混ぜてはならないという考えを導きだしたのは、実際に起こった事件・帝人事件をもとにしたと思われる共亜事件である。帝人事件とは1934年に起こり解決したのは1937年であった贈収賄事件。16人が起訴され、政界、財界からも多くの要人が関わっていたことから、当時、斎藤実内閣が総辞職した。事件発覚から3年後、証拠不十分で被告人16人は全員無罪となった。

 ドラマでは、寅子の父で銀行に勤務する直言(岡部たかし)が汚職に携わったとして取り調べを受けた際、自白を強要される。だが裁判では一転、否認し、穂高(小林薫)以下、弁護チームが全力で被告人たちの弁護に当たる。

 よく調べると、自白を裏付ける事実がないものがいくつもあって、検察側の捏造が暴かれていく。リーガルものが人気の理由は、悪いことをした人が正しく裁かれる気持ちよさである。しかも裁判の過程は理路整然として、誰もが納得できるものでなければ成立しない。誰もが自由に好き勝手に解釈できるものだったら一向に解決しないわけで、落とし所を見つけるわけだから、もやもやが残らない。

 明確な脚本に沿って、演技巧者たちが様々な表情や声色を使って鮮やかに心理戦を演じるのも観ていて楽しい。

 人気声優・平田広明が裁判長に扮して読み上げた「あたかも水中に月影をすくい上げようとするがごとし」という判決文は帝人事件の判決文の引用である。実際にあった事件という確かな筋と、すばらしい判決文を頂きながらドラマはそこにそれぞれ存在する登場人物たちを生き生きと描く。とりわけ、朝ドラがホームドラマであるという原点を大事にした換骨奪胎は見事だった。

 検察側が直言に自白させた行動の数々の矛盾は、はる(石田ゆり子)が毎日つけていた日記から発見される。直言が汚職に関わったとされるときアリバイがあった。数年前までは婚姻した女性は「無能力者」で家事のみ夫の代行者として認められるという法律に縛られれていた主婦の日々の記録が捏造を見破ることに役立つのだ。検察は妻の記録などいくらでも改ざんできると対抗するが、押しきれず陥落する。

 ドラマでは検察の捏造はいともたやすく暴かれるのだが、なぜこのようにちょっと調べたらわかることの真偽を明らかにするまでに1年半(ドラマでは1年半、モデルの事件では3年)もかかるのか。裁判がいかに大変なものかもわかるが、事件の影にもっと重要なことが隠されている。事件自体よりもそれによって内閣総辞職したことのほうが重要なことなのだ。新聞記者・竹中(高橋努)が、事件があったから内閣が総辞職したのではなく、内閣を総辞職させるためにこの事件が起きたのだと推理していた。

 実際、モロボシ・ダンだとSNS で喜ばれた森次晃嗣が演じた貴族院議員・水沼が検察の日和田(堀部圭亮)を操っていて、裁判で負けたけれど、それを責めることはなくよきにはからってくれそうであったのを見ても、内閣が総辞職すれば事件などどちらに転んでもよかったのであろうことがわかる。

 竹中が「この国はどんどん傾いていく」と言い、寅子の知らないところで大きな出来事が蠢いているのはわかる。ただし、朝ドラではそれ以上は踏み込まない。

 『虎に翼』はあくまでも、冤罪にあった家族を信じ助けようと奮闘する家族たちの物語なのだ。そして、そこから、法律とは何かを識り、その道に向かっていくヒロインの物語なのだ。そこを踏み込み過ぎないバランス感覚にも唸る。

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