『葬送のフリーレン』は“人生の終わりの先”を描く 生きている者へ死者が遺せるものとは

『葬送のフリーレン』が描く“終わりの先”

「人間の寿命は短いってわかっていたのに なんでもっと知ろうと思わなかったんだろう」

 風に舞う花びら、一瞬で夜空に消えていく流星。千年以上生きるエルフ・フリーレンの涙に閉じ込められていたのは、かつての仲間たちとの美しい思い出だった。彼女の旅の仲間であった、友人・ハイターはこう語る。

「50年も100年も、彼女にとっては些細なものなのかもしれませんね」

 しかし、彼女は知ってしまった。その「些細なもの」を全力で生き抜く人々の強さと、喪失の痛みを。失った人はもう戻らない。それでも、もう会えない人たちとの温かな記憶を胸に、フリーレンは“人を知る”ための旅路を歩み始めるのだった……。

 『葬送のフリーレン』の初回放送で描かれたのは、フリーレンがフェルンと出会い、魂の眠る地(オレオール)を目指すことになるまでの道のりである。

『葬送のフリーレン』本PV/OP:「勇者」YOASOBI ED:「Anytime Anywhere」milet/9/29金曜ロードショー初回2時間SP放送

 旧パーティーのヒンメルやハイター、アイゼンとの記憶を辿りながら、そして時に彼らを見送りながらも、一歩ずつ前へと進むフリーレン。このフリーレンの「人を知りたい」という想いの芽生えは言うまでもなく物語の大きな見どころだ。しかし、今回の2時間スペシャルにはもう一つ大きなメッセージが託されていたように思う。

 それは「死者が生きている者へ遺せるものとは」というテーマである。具体的な例を挙げると、ハイターがフェルンを育て、そしてフリーレンに魔法使いの弟子として託したことが挙げられる。しかし物や人だけでなく、広い意味での「思い出」や、勇者一向に助けられた村人たちが抱く「感謝」もこのテーマに含まれるのではないか。かつてヒンメルに助けられた少女が、年老いてもなお彼への感謝の気持ちを胸に日々を生きている姿には、グッとくるものがあった。

 本作は物語が冒険の終わりから始まることから「後日譚ファンタジー」と銘打たれているが、人の人生の終わりの先を描いた「後日譚」としても捉えることができる。視聴者全員に生命のタイムリミットがあるからこそ、『葬送のフリーレン』は観る人を選ばない。美しい物語の中には、明日にでも死んでしまうかもしれない私たち全員に向けた、切なくも目を背けられないテーマが潜んでいるのだ。

 それでも、シリアスな要素に過度に引き込まれず、作品が繊細かつ美しく進行するのは、制作陣の巧みさがあってこそ。『葬送のフリーレン』は新パーティーと旧パーティーでメンバーが変わるため、さまざまなキャラのコンビや掛け合いを楽しむことができる。

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