『ハッピーフライト』は最も理想的な群像劇 徹底的なリサーチを基に描かれた空港の人々

『ハッピーフライト』は最も理想的な群像劇

 昨年『トップガン マーヴェリック』が世界的な大ヒットを遂げてから、心なしか“飛行機”を題材にした作品が注目を集めることが増えたような気がしてならない。NHKの連続テレビ小説『舞いあがれ!』では主人公がパイロットを目指して航空学校に入るくだりが序盤の方に描かれたり、テレビ朝日系列の『NICE FLIGHT!』ではKis-My-Ft2の玉森裕太が演じる副操縦士と、中村アン演じる管制官の恋模様が描かれたり。当然、一般的に身近なものは戦闘機ではなく旅客機のほうだ。

 そうした“旅客機”にまつわる話となれば、真っ先に思い浮かぶのはパイロットやCAといった“目立つ”職業なのは仕方あるまい。けれど、実際に旅客機を動かしているのは彼ら彼女らだけではない。ひとつの便をめぐって大勢の異なる立場の職業の人々が入りみだれる、そんな数時間を一本の映画にまとめ上げた矢口史靖監督の『ハッピーフライト』は、改めて言うまでもなく最も理想的な群像劇と呼んで差し支えないだろう。

 そして同時に、コメディと職業ドラマというアルタミラピクチャーズの二枚看板が融合した2000年代邦画の究極体と言ってもいいかもしれない。元来映画で観客を笑わせるというのは、観客を泣かせることよりも難しい。内輪ネタだったりおかしな登場人物がおかしな立ち居振る舞いをする道化の役割を果たしたり、そういった“笑わせる”ことと“笑われる”ことを履き違えたコメディ映画が多いなかで、矢口作品はひたすらに“笑わせる”ことに真摯でありつづける。その信頼感たるや、とても貴重な作家である。

 アルタミラピクチャーズの作品といえば矢口監督の『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』のような“部活もの”のイメージも強いが、徹底的なリサーチによって普段知り得ない職業の世界に映画を通して観客をいざなうことこそ、その本領だ(“部活もの”も、ある種その一端を担っている)。

 裁判のメカニズムとそこにはらむ問題点を解析した『それでもボクはやってない』や、花街を舞台にした『舞妓はレディ』、活弁士のドタバタを描いた『カツベン!』と、挙げていけばやはり周防正行監督作品に偏ってしまうわけだが、この『ハッピーフライト』も負けてはいない。ストーリーの肉付けのためのリサーチではなく、リサーチの結果があってストーリーが生まれた。そんな感触を抱かずにはいられないほど、飛行機に、空港にまつわる人間たちの表情がひとり残らず丁寧に汲みとられていく。

 物語の軸となる羽田発ホノルル行きの飛行機に乗り合わせた厄介な乗客たちに振り回されつづける新人CAの悦子(綾瀬はるか)と先輩CAたちの仕事ぶり。その便で機長昇格訓練を受ける副操縦士の鈴木(田辺誠一)と、厳しい指導教官の原田(時任三郎)の巧妙な掛け合い。さらにはグランドスタッフに整備士、様々なトラブルに適宜柔軟に対応していく管制官やコントロールセンターの人々。

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