『ちむどんどん』大工哲弘が奏でた“本物”の八重山民謡 沖縄のおじいのリアルな姿は?

『ちむどんどん』本物の民謡を奏でた大工哲弘

 三線の弦を打つ音と、沖縄民謡ならではのメロディ。青い海や山々の緑、自然の音の中でひびく三味線の音色に、“ちむどんどん”(胸がどきどき)した。

 『ちむどんどん』(NHK総合)第64話。暢子(黒島結菜)の妹・歌子(上白石萌歌)は、幼なじみの智(前田公輝)が暢子と結婚するかもしれないと耳にした。歌子は、沖縄・やんばるの家で1人、花を見つめて「いいねえ、あんたはそこで咲けるから」とつぶやくと、一人の“おじい”がふいに訪ねてきた。

 そのおじいは、民謡歌手の上原照賢(大工哲弘)だった。亡き父・賢三(大森南朋)の仏壇に手を合わせ、賢三は上原のもとで民謡歌手を目指していたことを歌子に明かしたのだ。歌手を志していた時期もあった歌子は、初めて知る父の姿に驚く。

 上原は多くは語らず、夕陽の差し込む縁側に座り、民謡の「月ぬ美しゃ(月の美しさ)」を演奏した。三線の演奏と民謡を背景に、亡き父・賢三や下地先生(片桐はいり)の言葉が蘇り歌子の涙が頬を伝う。

 それまで何をしてもうまくいかずに悩んでいた歌子が、1曲聴いて、将来の夢を見つける。それだけの説得力を持つ演奏に、「この人は誰だろう」と感じた視聴者も多いのではないか。

 上原を演じた大工は、沖縄県の石垣島出身。八重山民謡の第一人者だとされている。「八重山」は、石垣島をはじめ、竹富島・西表島・日本最南端の波照間島など、周囲の島々を含む「八重山諸島」の略称。沖縄本島からは400キロ〜500キロ離れているため、それぞれの島が言葉や風習に個性を持つ。現在、沖縄県の人口約146万人のうち、八重山諸島の人口はおよそ5万人(※1)。

 八重山は「唄の島」「芸能の島」とも言われ、夏川りみやBEGINのメンバーなどが出身者にいる。八重山に暮らしていると日々三線や民謡を耳にする機会は多く、全国的に著名ではなくとも、謡い手が多くいる。

 石垣島出身である大工は、県内外に500人以上の弟子を持つ八重山民謡の名手。10代から八重山民謡を始め、県内および海外コンサートにも出演。1996年には南西アフリカ5カ国巡回コンサート、1998年東南アジア諸国、1999年環太平洋4カ国、2011年には南米4カ国巡回コンサートを実現している。

 世界の民族音楽家や、ジャズやロックのミュージシャンなどとの共演活動も積極的に行い、1999年には沖縄県の無形文化財(八重山古典民謡)保持者に指定され、2015年には琉球民謡音楽協会名誉会長に就任した。大工は、上原役を演じるにあたり、ひげを伸ばして撮影に臨んだと語っている(※2)。ここにきて、役者ではなく本物の八重山民謡歌手が起用されたことに驚いた。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「国内ドラマシーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる