大林宣彦、岩井俊二、新海誠、『WAVES/ウェイブス』ーー“明るい画面”の映画史を辿る

大林宣彦、岩井俊二、新海誠、『WAVES/ウェイブス』ーー“明るい画面”の映画史を辿る

「インスタ/Spotify映画」としての『WAVES/ウェイブス』と『君の名は。』

 実際、新海や京アニといった国内の商業アニメーションという狭い範囲だけでなく、ここ数年の国内外の映画には、これとよく似たような画面を持つ映画がいたるところで目立ってきているように見える。

 ハリウッドの大きな固有名を挙げれば、新海と同様、キラキラとしたレンズフレアをその画面の特徴的なルックとするJ・J・エイブラムスの作品群。それからごく最近の主だった作品タイトルを目についた限り挙げれば、アリ・アスター監督の『ミッドサマー』(2019年)、トレイ・エドワード・シュルツ監督の『WAVES/ウェイブス』(2019年)、そして、ジョージ・クルーニー監督・主演の『ミッドナイト・スカイ』(2020年)といったあたりである。いずれの映画も、フラットな明るさがほぼすべての画面をのっぺりと支配していることで共通している。

『WAVES/ウェイブス』(c)2019 A24 Distribution, LLC. All rights reserved.

 だが、ここまでの議論との繋がりからもっともわかりやすいのは、やはり『WAVES/ウェイブス』だろう。本作は、厳格な父親のもとで育てられたのち、ふとした挫折をきっかけに悲劇に陥っていく高校生の兄とその妹をそれぞれ主人公に2部構成で描かれた青春ドラマだ。ここで特筆すべきなのは、その独特の映像表現と音楽演出だろう。ドリュー・ダニエルズによる本作のカメラは、主人公のアフリカ系の兄妹が暮らすフロリダ南部の街と自然を、流麗なカメラワークとともに鮮やかな蛍光色の色彩で写し取っている。また、本作は、フランク・オーシャン、ケンドリック・ラマー、カニエ・ウェスト、レディオヘッドなどなど、有名ミュージシャンの楽曲群が監督によって事前にリストアップされ、それが物語や個々の登場人物の心情変化の展開にリンクさせられており、プロモーションでは「プレイリスト・ムービー」とまで称されている。

 もう明らかなように、『WAVES/ウェイブス』は、その映像表現においてはInstagramを、音楽演出においてはiTunesからSpotifyにいたるメディアプレーヤーを強烈に意識した、ポストデジタルの感性が散りばめられた映画なのだ(本作がInstagram的なイメージを意識していることは、ポスターや予告編などのパブリックイメージにより濃密に表現されている)。そしてその演出意図は、同様にその映像の「インスタグラム風」を指摘され、あるいは『君の名は。』や『天気の子』(2019年)ではRADWIMPSの音楽とのコラボレーションにより映像を作ったといわれる新海のアニメーションとそっくりそのまま重なるものでもあるだろう。そしてその傾向は、「明るいホラー」と評された『ミッドサマー』や、人類が破局したあとの地球に取り残された男を描く『ミッドナイト・スカイ』でも変わらないだろう。

デジタル環境と結びつく「明るい画面」の映画たち

『ミッドサマー』(c)2019 A24 FILMS LLC. All Rights Reserved.

 『ミッドサマー』は、本来は暗い=見えないことによって恐怖を醸し出すホラー演出を、逆説的に、残酷描写を含めて、それらすべてが画面の表層にあっけらかんと露呈しているところに面白さがある。しかも、『ミッドサマー』の「明るい画面」は、まさにタイトル通り昼も夜もなく、真上からいっさいの地上の影を消すように垂直に降り注ぐ光のように、ポヴェウ・ポゴジェルスキのカメラは、頻繁に人物や状況を真上からの俯瞰ショットや重力を欠いた浮遊感漂う動きで写す。こうした画面やカメラワークは、たとえば前後して日本で公開されたサム・メンデス監督の『1917 命をかけた伝令』(2019年)のように、いわゆる「オープンワールドゲーム」の世界観や画面構成を思わせるところがあった。短くつけ加えておけば、この『ミッドサマー』と『1917』はこのように共通性と対照性が相互に見られる作品になっていて、前者の「明るい画面」に対して後者は全体的に「暗い画面」の映画である。かと思えば、『ミッドサマー』はヒロインの大学生ダニー(フローレンス・ピュー)がうつ症状(パニック障害)を抱えているという設定があるが、ここなどは、連載第2回から第3回にかけて論じた現代映画の「暗い画面」の系譜とメランコリーの問題も窺える(したがって、ピクトリアルな構図も含めて、『ミッドサマー』はラース・フォン・トリアーのうつ映画も想起させる)。

Netflix映画『ミッドナイト・スカイ』Netflixにて独占配信中

 そして、もうひとつの『ミッドナイト・スカイ』のほうは、コロナ禍の現在にもふさわしい「ポスト人類的」なSF映画であり、また宇宙船にスペースデブリが降り注ぐサスペンスシーンをはじめ、やはり監督・主演を務めたクルーニーがかつて出演したアルフォンソ・キュアロン監督の傑作SFサスペンス『ゼロ・グラビティ』(2013年)を強烈に思い起こさせる作品である。ただ、『ミッドナイト・スカイ』が『ゼロ・グラビティ』と決定的に異なる点は、やはりその映像のレゾリューションの差だろう。

 暗い宇宙空間に浮かぶ宇宙船の真っ白い外壁をなめらかにカメラがよぎって行くシーンがあるが、そこでの宇宙船の機体の表面は、『ゼロ・グラビティ』から格段に解像度がきめ細かくなって描かれている。これもまた、新海や京アニの画面と共通するところがあるが、『ミッドナイト・スカイ』のこうした画面は、本作がNetflixオリジナル映画であることも少なからず関係しているように思う。

 つまりまとめると、2010年代に台頭しつつある「明るい画面」の映画たちは、デジタルコンポジットを駆使した新海や京アニのアニメーションのように、『WAVES/ウェイブス』(Instagram)も『ミッドサマー』(オープンワールドゲーム)も、そして『ミッドナイト・スカイ』(Netflix)も、それぞれ陰に陽に現代の先端的なデジタルツールやコンテンツとの結びつきを感じさせる要素において共通しているのだ。

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