>  > 『クーリンチェ』 は“映画”そのものだ

エドワード・ヤン幻の傑作、『クーリンチェ少年殺人事件』 は“映画”そのものである

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 本作は、日本の小津安二郎監督作も想起させられる。それは、本作が日本家屋で展開する家族の物語であることも確かなのだが、もっと本質的なつながりを見せているのは、日常に起きる出来事を通して、社会全体や時代の問題を浮かび上がらせていくという手法についてである。

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 小四が恋する小明は、その清楚な見た目とは異なり、じつは幾人もの男子学生と恋愛的な関係を持っていた。さらに大人の男にも媚態をさらして関心を集めようとする。そんな彼女をめぐって不良グループが衝突し、死者まで出てしまうのだ。小四の精神もまた、彼女に対する感情によって、次第に切迫した状態になっていく。

「君のことを全部知っているよ。でもいいんだ、僕だけが君を救うことができる。君には僕だけだ」

「あなたも他の人と同じ。優しくするのは私の愛が欲しいからね。でも、私はこの世界と同じ。変わることはないわ」

 小四と小明の大人びた痴話げんかの内容は、支配欲や傲慢さを露わにする外省人の立場としての、台湾への愛情と憎しみのことばであり、また支配され続け利用されてきた台湾という国が持った感情とのぶつかり合いであるようにも聞こえる。『クーリンチェ少年殺人事件』は、思春期特有の視野狭窄に陥った小さな世界を美しく描くとともに、自主性が失われた台湾という国そのものを描く、驚くべきスケールの作品だ。このようなことができるというのも、また「映画」の力である。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『クーリンチェ少年殺人事件』
角川シネマ有楽町にて公開中、3月18日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
監督:エドワード・ヤン
出演:チャン・チェン、リサ・ヤン、ワン・チーザン、クー・ユールン、エレイン・ジン
配給:ビターズ・エンド
1991年/台湾/3時間56分
(c)1991 Kailidoscope
公式サイト:http://www.bitters.co.jp/abrightersummerday/

      

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