「十二国記」シリーズ、30年目の新事実とは? 小野不由美が作り出した、優しくない異世界

「十二国記」30年目の新事実

 なんとも嬉しい本が出たものだ。新潮社編の『「十二国記」30周年記念ガイドブック』のことである。タイトルそのまま、小野不由美の「十二国記」シリーズが30周年を迎えたことを記念して作られたガイドブックだ。シリーズのファンならば必携といいたくなる、充実の一冊といっていい。

 それにしても30周年か。後にシリーズ・ゼロと呼ばれることになる『魔性の子』が、新潮文庫の「ファンタジーノベル・シリーズ」の一冊として刊行されたのが1991年。「十二国」シリーズの第一弾となる『月の影 影の海』が、講談社X文庫ホワイトハート(以下、WH)から刊行されたのが1992年。たしかに30年経っている。当時から作品を読んでいる人は、ずいぶん遠くまで来たという感慨すら覚えるだろう。

 すでに周知の事実だが、『魔性の子』は、最初、ホラー小説として受け入れられた。現代の日本とは違う異世界があることは明らかだが、単なる物語上の設定に過ぎないと思っていた。だが、大間違いだったのだ。『月の影 影の海』が登場すると、『魔性の子』で断片的な情報しか与えられなかった異世界が、きわめて精緻に創られていることが判明したのだ。そこは国名や人名や、社会のさまざまな部分から、中華風の異世界というイメージが強い。もちろん本書以前にも中華風の異世界を舞台にした物語はあっただろう。しかし「十二国記」シリーズ以後、そのような作品が増えていったと記憶している。実にエポックな作品なのだ。なお後に、中華風異世界を舞台にした作品は、〝後宮〟を発見することにより、さらなる段階に入るのだが、このことについては別の機会に語りたい。

 もっともシリーズの舞台が中華風といっても、異世界のシステム自体は独特だ。人間だけではなく、妖魔のいる世界。麒麟という天意を受けた霊獣が、王を見出し、誓約を交わして玉座に据える。天命のある限り永遠の命を得た王は、麒麟を宰輔として国を治める。その他にも膨大な設定がある。中華風ではあるが、唯一無二の独自の異世界に、どっぷりと浸ることができるのだ。

 さて、『魔性の子』の向こうに、「十二国記」シリーズの世界があると分かったときの衝撃は、今でも忘れられない。この驚きは、リアルタイムで読んでいた者の役得である。その後シリーズは、熱狂的なファンを増やしながら、巨大な存在へと成長していった。

 ガイトブックでは、そんなシリーズの魅力を、さまざまな人が表明している。萩尾望都、辻村深月、冲方丁、阿部智里、畠中恵、三川みり、芦沢央、川谷康夫、小松エメル、鈴村健一という、凄いメンバーだ。どの人の語りも熱いが、特に芦沢央の文章は、大いに共感するところがあった。人は誰も人生感を一変させるような作品に出合うことがある。芦沢央だけではなく、そのようなショックをこのシリーズから受けた人は少なからずいるはずだ。それはとても幸せなことである。

 また冲方丁は、ファンタジーと「十二国記」シリーズを愛する理由として、「現実と異なる世界を思い描くことは、人間の偉大な想像力の証しだからである」といい、さらに続けて「だがスペクタルの連続がほしいのではない。ほしいのは、それを可能とする厳密な衣食住の描写、登場人物の体を通して読者に伝わる、優しいとは限らない世界の肌触りだ」という文章は、シリーズの魅力の本質を突いているといえるだろう。私たちは、まず『月の影 影の海』の主人公・中嶋陽子の過酷な体験を通じて、異世界が登場人物に優しくない世界だと理解した。もがくように優しくない世界を生きる彼女を応援しながら、重厚なストーリーにのめり込んでいったのである。

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