細川貂々の創作絵本『タネがひとつぶ』を4歳の息子に読み聞かせてみたら……? ナンセンスな爆笑絵本が教えてくれること

『タネがひとつぶ』4歳の息子に読み聞かせ

 心の不調について話すことへの抵抗は、以前に比べて小さくなったと感じる。その大きな一歩を切り拓いた作品のひとつが、2006年に刊行された細川貂々の『ツレがうつになりまして。』だったように思う。

 夫のうつ病を、妻である細川の視点から描いた同作は、当事者とその家族の日常を社会に伝え、大きな反響を呼んだ。うつ病という深刻なテーマを扱いながらも、そこには暮らしの中の戸惑いや可笑しみがあり、心の不調について語ることを、私たちの日常に少し近づけてくれた。そんな細川が20年の時を経て発表したのが、オリジナル創作絵本『タネがひとつぶ』だ。

 細川は以前、メンタルヘルスに関するイベントに携わった際、「こども時代が楽しくないと、大人になっても楽になれない」という思いを抱いたという。その経験をきっかけに、「こども向けの仕事をしたい。ずっと絵本が作りたかった」と考えるようになったそう。その思いを形にしたのが、本作だ。

 物語のもとになったのは、13年前、細川が息子と一緒に考えたお話。親子の間に生まれた小さな物語が、長い時間を経て、ようやく一冊の絵本になった。著者にとっても、特別な思いの込められた作品である。

4歳の息子が「なんでやねん」と大爆笑

 そんな『タネがひとつぶ』を、4歳の息子に読み聞かせてみた。物語は、フクくんとねこくんが、駄菓子屋のくじ引きで当たりを引くところから始まる。景品は、たった一粒のタネだった。がっかりするふたりに、駄菓子屋のおばさんは「むふふ」と笑う。

 何やら、これはふしぎなタネらしい。おばさんに言われたとおり、タネを埋めて水をやるふたり。すると、卵が生えてくる。その時点で、息子はニヤリとした。そして、卵の中から何が出てくるのか、一緒に予想した。「トリさんかな?」息子は、恐る恐る答えた。

 4歳の息子は、卵からひよこが生まれることを知っている。その常識からはみ出さないように、“間違えないように”と答えたのだろう。だからこそ、タネから卵が出てきたときには、ゲラゲラと笑った。

 その後もマトリョーシカのように卵、また卵……と次々に卵が出てくる。その繰り返しも大いに気に入り、体をよじらせて笑っていた。卵はだんだん小さくなり、もうこれ以上、卵が出てくるのは難しそうだ。「次は何が出ると思う?」と再び問うと、息子は「うーん、わかんない」と眉をひそめた。もう彼が知る常識の枠はとっくにはみ出ているのだろう。

 すると、今度は桃が出てくるのである。これには、息子も「ギャー!」と大喜び。小さな卵から大きな桃が生まれるなんて、不条理もいいところだ。しかも、その「ももから生まれたもも」と小気味良いリズムで桃が生まれ続ける。息子は、また大笑いした。

 4歳の息子はいま、いわば「なんでやねん期」にいる。日々の生活の中で、「こうなったら、次はこうなる」「これはこういうものだ」といった決まりごとを、少しずつ理解し始めている。だからこそ、「この先はこうなるだろう」という約束が裏切られた瞬間に、「なんでやねん」と笑えるのだ。

思いどおりにならないことを「おもしろい」と笑おう

 この絵本は、子どもに何かを教えようという教訓めいた本ではない。ただ、物語は読み手の予想から逃げるように、次から次へと転がっていく。予想することと、裏切られることが繰り返されるため、読み手は物語を受け身で眺めるのではなく、自然とその遊びに参加することになる。そのつかみどころのなさ自体が、この作品の魅力になっている。

 そして、最後に置かれるのが「また、タネ」というオチ。物語は、また出発点へと戻っていく。ひとつぶのタネから始まった予想外の連鎖が、終わったかと思えば、また始まるのだ。

 そう、『タネがひとつぶ』の世界では、物事は何一つ予定どおりには進まない。それは、何かと予定どおりに物事を進めたい親にも、ハッとさせられる展開だ。予想が外れるところにこそ、驚きや笑いもある。子どもはそのことを、理屈ではなく、笑いながら受け取っている。

 親としては、できることなら、わが子には困らず、傷つかず、順調に生きてほしいと思う。一方で、全てが思いどおりに行かないこの世界で、強く生きていってほしいとも願っている。だから、この絵本のように予想外の出来事に出会ったとき、「なんでやねん」と笑える人でいてほしいと改めて思った。

 細川とその息子も13年前、こんなふうに笑い合ったのだろうか。この物語もまた、最初は細川と息子の間に落ちた、小さなひとつぶのタネだったのかもしれない。そして13年の時を経て一冊の絵本になり、今度は「また、タネ」と、別の親子のもとへ運ばれていく。そこで新しい笑いや会話を芽吹かせ、子どもの時間を楽しくしたいという願いをつないでいく。

 思いどおりにならない人生が、つながっていく。それでも親子で、「なんでやねん」と笑いながら生きていけたら……。『タネがひとつぶ』は、そんな願いを、親から子へ、そしてまた別の親子へと手渡していく絵本なのだろう。

■書誌情報
『タネがひとつぶ』
著者:ほそかわてんてん
価格:1,870円
発売日:2026年6月12日
出版社:徳間書店

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