『横浜馬車道 葦屋陰陽道のやり口』如月新一が語る、嘘の本質と向き合い方 「生きていれば絶対についてしまうもの」

『 葦屋陰陽道のやり口』如月新一が語る

 小説『横浜馬車道 葦屋陰陽道のやり口 うそつきはゆうれいの始まり』(マイクロマガジン社・ことのは文庫)は、言葉巧みな“ぺてん”で依頼人の事件を解決してしまう自称陰陽師・葦屋(あしや)と、“欺瞞”を嫌う小説家・近森(ちかもり)が、不可思議な事件の謎に挑んでいくオカルトミステリーだ。

 著者の如月新一は、現代の陰陽師を探偵役に置くという発想をどのように形にしていったのか。本作の着想や執筆背景、自身の創作の原点から今後の展望までを聞いた。

地元・横浜を舞台に 東京とは異なる空気感

『横浜馬車道 葦屋陰陽道のやり口 うそつきはゆうれいの始まり』(著:如月新一・イラスト:ジワタネホ/マイクロマガジン社)

――はじめに、本作を執筆した経緯から聞かせてください。陰陽師を題材にしたミステリーという発想は、どこから出てきたのでしょうか。

如月新一(以下、如月):組合せのギャップとして、舞台を現代に陰陽師を探偵ポジションにするのはどうだろうと考え始めました。それで、「現代の陰陽師ってどういう人か?」と考えたときに、正当な陰陽師というより、どこかインチキな感じがある人物が浮かんだんです。

ミステリーなので現実的な解明をするけれど、「彼は本物の陰陽師なのか?」というキャラクターにできたら面白いんじゃないかと。その本当かどうかわからない部分が、ミステリーと相性が良さそうだと思いました。

当初は「嘘」というテーマにそこまで重きを置いていなかったんですが、「ことのは文庫」の担当さんが「嘘」というテーマに反応してくださったので、このテーマに対する考え方を深めながら、形にすることができました。

――タイトルには「横浜馬車道」と入っていますが、ご自身も横浜のご出身です。横浜を舞台に選んだ理由は?

如月:子どもの頃から今まで、ずっと横浜で暮らしているので、横浜しか書けない、という理由もあるのですが(笑)。でも例えば、自分が別の土地の話を書いたら、そこに住む方が読んだときに「こんな場所じゃない」と思うかもしれない。言葉遣いや、出てくるお店、空気感まで含めて、その土地にいるからこそ、分かることがあると思うんです。

 子どもの頃から街を歩きながら、「ここで事件が起きたら」「ここにこういうキャラクターたちがいたら」と想像することがありました。そんなふうに空想していたことを、今こうして作品にできるのはすごく楽しいですね。

――仮に舞台が東京だったりすると、また違う物語にもなりそうですか。

如月:東京を舞台にすると、もう少し忙しない話になっていたかもしれません。横浜というと、みなとみらい周辺の風景をイメージされる方が多いかもしれませんが、少し外れると坂の多い住宅街になるんです。異国情緒のあるロケーションの面白さがありながら、東京ほど急かされる感じはなくて。少しのんびりした空気があるんですよね。

三谷幸喜、翻訳小説に学んだセリフの作り方

――葦屋は自称陰陽師、近森は小説家という組み合わせです。この対照的な2人の関係性は、どのように作っていったのでしょうか。

如月:バディものは、正反対の2人の方が楽しくなると思っています。意見が食い違うことで会話も転がりますし、物語も動いていく。最初の段階では、葦屋はもっとクールでミステリアスな人物だったんです。でも書いていて、あまりはまらなくて。そこから、もう少しひょうひょうとしたキャラクターにしていきました。

 そうなると、相手役の近森は生真面目な人物の方がいいだろうと。自称陰陽師である葦屋の振る舞いを、近森が完全に肯定してしまうと、「人を助けているんだから、いい人だ」という話になってしまって、少し危うい。信仰に関することは否定したくないですが、霊感商法だったら是とはできない。だから近森は、葦屋に対するストッパーでもあると考え出来上がっていきました。

――小説家である近森に対しては、ご自身の作家としての考えも反映されているのでしょうか。

如月:ありますね。小説を書きながら、「この嘘はいいんだろうか」と悩むことがあるんです。小説はフィクションではあるけれど、それが誰かを不用意に傷つけてしまっていないかは気にしています。

 特に、亡くなった人の言葉を語るような嘘は、自分の中では許せない種類だと思っていて。そういう作家としての倫理観のようなものは、近森に反映されている気がします。ただ、近森はきれい好きなのですが、私は全然で。テーブルの上に本が積まれていて、A4一枚分くらいのスペースでご飯を食べています(笑)。

――2人の掛け合いは、読んでいて声が聞こえてくるようなテンポ感がありました。会話を書くうえで意識していることはありますか。

如月:会話を書くときに心掛けているのは、単なる情報のキャッチボールになってしまわないこと。何を選ぶか、どう返すのかによって、キャラクターの性格や関係性、情景が見えてくる。そういうセリフにしたいと思っています。これまでの作品でも、会話を褒めていただくことはあるのですが、書いた会話を音読しながら、音として引っかからないか、読みづらくないかは気にしています。ただ、基本的には字面として読んで楽しいかを大事にしていますね。


 影響としては、三谷幸喜さんのドラマが大きいと思います。『古畑任三郎』や『合い言葉は勇気』が好きで、他にも海外ドラマの『フレンズ』や翻訳小説の会話にも影響を受けています。ローレンス・ブロックやドナルド・E・ウェストレイク、アンソニー・ホロヴィッツの作品は、セリフのテンポやユーモラスな掛け合いがすごく面白いんです。

書きたいのはトリックより人間ドラマ

――ミステリーの仕掛けだけではなく、人間ドラマとしての読み応えがあると感じました。物語を紡ぐうえで、ミステリーとドラマのバランスについて、意識したことはありますか。

如月:ミステリーというジャンルは、謎を提示して、推理可能な情報をフェアに出し、推理したり外したりしながら、探偵役が最後に真相を暴く物語です。ただ、個人的にはトリックそのものよりも、人の心情や人生、境遇の方に関心があるんです。

 殺人事件があったとして、「どうやって殺したか」の先にある、「なぜそんなことをしたのか」「なぜそこに至ってしまったのか」の方をメインの謎に書きたい。本作でも、謎解きそのものだけではなく、そこにいる人たちが何を抱えているのか、なぜそこに至ったのかに向き合う物語にしたいと思っていました。


――先ほどお答えいただいたように、本作では“嘘”が大きなキーワードになっていますが、その点はどのように考えていましたか。

如月:嘘は嫌なものですが、生きていれば絶対についてしまうものでもあります。格好をつける嘘もあれば、気を遣ってつく、悪意のないものもある。すべての嘘を断罪したいわけではないんです。嘘をつきたくない、誰も傷つけたくないという気持ちは大事ですが、そのうえで、傷つけ合ったあとに謝ったり、話し合ったり、関係を修復したりすることも大切なのではないか。そんなことを考えながら執筆しました。

人間は「一番面白いけれど、すごく複雑で難しいもの」

――如月さんご自身の創作についても伺えればと思います。中学2年生で初めて小説を書かれたそうですが、書き始めたきっかけは何だったのでしょうか。

如月:若い作家の方の存在を知って、「若くても小説を書いていいんだ」と思ったことがきっかけでした。ちょうどその頃、綿矢りさ先生や三並夏先生のように、中学生や高校生でデビューされた方もいたので、新人賞に応募すれば小説家になれるかもしれないと思って書き始めたんです。

――当時はどんなものを書かれていたのですか。

如月:その頃は、ヒロインが重い病気で亡くなるような難病ものが流行っていて、それが子どもながらに許せなかったんです。病気の当事者ではない人が、死を泣けるイベントにして、それを楽しんでいるのはいいのだろうか、という違和感がありました。

 だから、もっと違うものが書きたくて。当時書いていたのは、自分が小説の登場人物だと気づいた主人公の男の子が、物語の都合で死ぬことになっているヒロインを救うために奔走する、という話でした。男の子はメタ的に、作者に向かって「こうしたらヒロインが死ぬより面白くなるんじゃないか」と提案したりして……。『トゥルーマン・ショー』を観た時期なのかもしれません(笑)。

――現在は、日々どのような生活リズムで小説を執筆されていますか。

如月:執筆業以外に、在宅の仕事を持っているので、基本的にはずっと家にいます。仕事をしている時間以外は、小説を書く、本や資料を読む、映像作品を見るという感じで、ほとんど創作に関することをしていますね。書きたいことがたくさんありますし、他にやりたいこともないので。小説のために時間を費やすことは、全く苦ではないんです。

 最近はかなり朝型で、朝4時に起きて、始業時間まで資料を読んだり、原稿を書いたりしています。仕事が終わったら、また原稿を書いて、夜は21時くらいには寝るという生活です。

――書くことに、かなりストイックに向き合われているように感じます。

如月:書いている間は、正直そんなに楽しいわけではないんですよ。形になっていないときはすごく苦しい。でも、書き上がった瞬間がいちばん気持ち良くて、その「できた」という喜びを味わうために、毎回走っている気がします。

 ただ、「芸術に人生を捧げている」みたいな特別な意識はなくて。家族との時間を大切にする人がいたり、趣味に没頭する人がいるように、私にとっては、小説を書くことが人生で取り組みたいことなだけなので。

――最後に、今後の展望を聞かせてください。これからどのような作品を書いていきたいですか。

如月:人間をもっと書けるようになりたいです。人間って一番面白いけれど、すごく複雑で難しいものだと思っていて。だから、もっといろんな角度から、いろんな人間を書きたいですね。

 それから、昨今の社会情勢が不安定だと感じているので、フィクションだけど社会性を意識したものも書いていきたいと思っています。作家としての活動の幅を広げるという意味でも、一般文芸にもフィールドを広げていきたいですね。

 本作についてはシリーズとして重ねていきたいですし、メディアミックスのような形でも広がっていったらうれしいです。

 読んでくださった方にとって、楽しい時間になったり、元気になれたり、気持ちに少し余裕が出たり、横浜に行きたくなったり、何でも構わないので、読んだ後に何かが残ればこの小説を書けてよかったです。

横浜・馬車道にて

■書誌情報
『横浜馬車道 葦屋陰陽道のやり口 うそつきはゆうれいの始まり』
著:如月新一
イラスト:ジワタネホ
価格:803円(税込)
発売日:2026年6月22日
出版社:マイクロマガジン社(ことのは文庫)

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