【追悼】東海林さだお 『サザエさん』長谷川町子も推した、その才能と人柄

漫画家でエッセイストの東海林さだおさんが4月5日に亡くなった。悲喜こもごものサラリーマンの気持ちをグッと引き付ける漫画を描き、食に関するエッセイを軽妙な文体とイラストで綴って長く読者を楽しませてきたその才能は、デビューしてすぐに『サザエさん』の長谷川町子に認められたほどのものだった。
「とにかく才能に恵まれた方です」。1970年実施の第16回文藝春秋漫画賞の選評で、長谷川町子が東海林さだおを評した言葉だ。選評は『長谷川町子 私の人生 漫画、家族、好きなこと』(朝日新聞出版)に採録されていて、そこで長谷川は「三年にわたって東海林氏を推してきました」と"推し”の漫画家だったことを明かしている。
「むしろ昨年、一昨年のほうが作品に脂が乗った感じでした」と続けるくらいに東海林の作品を読み込んでいた様子。ここで挙げた一昨年(1968年)は、小島功、鈴木義司といういずれも著名な漫画家を「両氏の甲乙つけがたく、大いに迷ったあげく、お二人の判断はほかの先生方におまかせすることにして、いっそ新人の東海林さだお氏を推すことにしました」と言って、東海林のデビュー作『新漫画文学全集』を推したことを、第14回文藝春秋漫画賞選評に書いている。
この時は小島が受賞し、翌年は鈴木と和田誠が受賞といったように、文春漫画賞にはいつも錚々たる候補者が並ぶ。その中で、東海林は67年の『新漫画文学全集』連載がプロデビューという”新鋭”だったにも関わらず、大ベテランの長谷川が目を向けざるを得なかったほどの才能だったということだ。デビューから数年で「漫画サンデー」(実業之日本社)で『ショージ君』、「週刊文春」で『タンマ君』、「週刊現代」で『サラリーマン専科』を連載するようになっていた活躍ぶりも含めて、今の漫画家では比べる人を探すのが難しいほどの存在だったとも言える。
早稲田大学漫画研究会に入部して出会ったのが『ギャートルズ』の園山俊二や『ドーモ君』の福地泡介で、どちらも大勢に知られる人気漫画家となって雑誌や新聞で活躍していった。その中にあって、東海林はサラリーマンを題材にして、上司から若手から女性社員から役員に至る会社内の人々によって繰り広げられる「サラリーマンあるある」とでも例えられそうなエピソードを、見てきたかのように描いて読者の気持ちを掴んだ。
それほどまでの東海林の観察眼はどのようにして養われたのか。軽妙な文体で身の回りの出来事を綴った文章が、東海林とともに「昭和軽薄体」と呼ばれたエッセイストで作家の椎名誠は、元から東海林の大ファンだったという。それで、「自分がモノカキになるとすぐに文藝春秋の東海林さんの担当編集者に頼んでご本人にお目にかかった」と、東海林について書いた「文藝春秋」2025年8月号に掲載の「戦後80年の偉大なる変人才人」で明かしている。
「東海林さんの描くマンガやエッセイは世相をとらえて常に『おかしい』。どこからそういう発想やひらめきを得ているのだろうか。そのとらえ方を知りたかった」という椎名が、実際に東海林の仕事場を訪ねて見たものは、「いかにも使いやすそうにちらかっていて、テレビがつけっぱなしになっていた」部屋だった。そこで1日中情報に聞き耳を立て、エッセイのネタのためにいろいろな場所を訪ね歩いたことで、「モノゴトを見る東海林さんの視線と姿勢は常に世間と同じくらいの位置にただよっていてブレないちからになっているようだ」と椎名は推察していた。
そうした視線と姿勢の低さは、漫画だけでなく文章で書くエッセイにもしっかりと表れている。立ち食い蕎麦やカレーライスや駅弁といった普通の食べ物を取り上げた「週刊朝日」に連載の「あれも食いたいこれも食いたい」を読めば、お金持ちでなくても普通に手が届く品々を試しては味わい尽くす文章に触れて、毎日の暮らしが楽しくなる。
「週刊朝日」の休刊で終わった連載をまとめた「丸かじりシリーズ」最終巻の『カレーライスの丸かじり』(朝日新聞出版)には、「ハーゲンダッツとガリガリ君」という文章があって、ガリガリ君とハーゲン君を部下に例えてネーミングや働きぶりを想像し、その食べ方もとらえて評価を下している。どちらが勝ったかはエッセイを読んでのお楽しみとして、言っても500円はしないハーゲンダッツで遊んでしまうスタンスに、何かと世知辛い今の社会を生き抜いていくヒントがありそうだ。
社会や政治へのスタンスも実にユニークだ。エッセイ集『マスクは踊る。』(文藝春秋)に収録の「令和の”チン”疑惑 電子レンジと安倍内閣」は、もはや調理が終わっても「チン」とは鳴らず「ピー」と鳴るようになっている電子レンジを、どうして世間は「チン」だと間違えて言い続けているのかと問題を提起。その上で、きっと誰かに言わされているからだと想像を広げ、そして時の安倍政権が「チン」と間違ったことを言ったりやったりしても、それが正しいと政権は押し通し、メディアも正しいものとして伝えるため、世間もそう思い込むようになったと書いている。
これを「レンジ・チン疑惑」と名づけ、「立花隆は『田中角栄研究』によって時の内閣を倒した。わたくしのこの『レンジ・チン疑惑』は、果たして時の内閣を倒すことができるのだろうか」と結んだ東海林だが、どうやら世間には今も「チン」しか響いていないような感じ。東海林が存命でエッセイの連載を続けていたら、どれだけの批評をどのようなユーモラスな言葉で綴ってくれたかが大いに気になる。時の内閣を倒せるかも含めて。
文春漫画賞の選評で、長谷川は「この方のものは長編ほど、その個性が躍如として面白いのです。というのは、吹き出しの言葉のおかしさが東海林マンガの重要な比率を占めているからです」とも書いて、文章家としての東海林を評価している。「いうことは、ユーモア小説を書いても頭角を現す人だろうということ」という長谷川の指摘こそ実現しなかったが、代わりに軽妙に見えて鋭く奥深いエッセイを長く書き続けた。その部分でも長谷川の才能を見出す目は確かだった。
























