小室哲哉の引退宣言、TM NETWORKに何があったのか? 木根尚登『電気じかけの予言者たち -再起動編-』書評

有名なアーティストのドキュメンタリー、もしくは史実をもとにした映画が次々と公開されている。今年でいえばボブ・ディランの若き日を描いた『名もなき者 / A COMPLETE UNKNOWN』、アルバム『Nebraska』制作時期のブルース・スプリングスティーンをテーマにした映画『スプリングスティーン 孤独のハイウェイ』などが話題を集めた。
邦楽でもMrs.GREEN APPLEの映画『MGA MAGICAL 10 YEARS DOCUMENTARY FILM 〜THE ORIGIN〜』、UVERworldの映画『UVERworld THE MOVIE: 25 to EPIPHANY』などが公開。このジャンルは完全に定着したようで、ファンを中心に確実に集客を見込めることも含め、この流れはさらに続くことが予想される。
アーティストのドキュメンタリー作品の醍醐味は、“誰もが知っている有名な出来事”と“え、そんなことが起きてたの?”というギャップだ。じつは解散の話があった、メンバー同士が揉めてた、身体の不調を隠して活動していた。そういう裏話ほど、音楽ファンの心を惹きつけるものはない。そのアーティストの音楽が好きだったら、なおさらだ。
この度重版が決定し、話題となっている「電気じかけの予言者たちー再起動編ー」も、“え、そうだったの?”が満載の作品だ。ただしこちらは映像ではなく本。TM NETWORKの木根尚登による“ドキュメンタリー小説”シリーズの最新作だ。
小室哲哉“引退宣言”のやりとり
TM NETWORKの活動をメンバーの木根尚登の視点から綴った同シリーズ。1994年の第一弾「電気じかけの予言者」から数えて31年目に刊行された本作「電気じかけの予言者たちー再起動編ー」は、2018年初めに音楽シーンに衝撃を与えた小室哲哉の“引退宣言”から始まる。小室が音楽を作ることを本当に辞めてしまえば、当然、TM NETWORKも止まる。どう考えても大ピンチである。
1週間後、TM NETWORKのメンバー(小室哲哉、宇都宮隆、木根尚登)とスタッフが宇都宮の事務所に集まる。そこで率直な会話が繰り広げられるのだが、その空気は思ったよりも重くなく、木根は「引退会見って聞いたから、てっきり都はるみさんかと思ったよ」などと昭和が青春だった人間にしかわからない軽口を叩いている。「ふるっ」と突っ込むのは、事務所の代表だ。
え、本当にこんな感じだったの?と思ってしまうが、ポイントはこの本がドキュメンタリーではなく“ドキュメンタリー小説”だということ。スケジュール帳を確認しながら執筆したということだが、ディテールにはかなり脚色が入っているのだ。
冒頭のパートでは、「とにかく少し休みたい」とこぼしながら部屋を出ようとする小室に対し、宇都宮がさりげなく「定期的にご飯でも行こうよ、月一でもいいから」と声をかける場面がある。ファンなら間違いなくグッとくるシーンだが、これももしかしたら木根の“演出”なのかもしれない。どこまでが本当なの?といぶかしく思ってるのではなく、実際にあったことと木根の脚色のバランスによって生まれる物語のドライブ感こそが、この本のキモなのだと思う。簡単に言うと、読んでてめちゃくちゃ面白いのだ。
■デビュー40周年ツアーまでの6年間
「電気じかけの予言者たちー再起動編ー」のメインテーマは、小室の引退宣言という危機を脱し、デビュー40周年ツアーに至るまでの6年の軌跡。そのなかでメンバー3人が何を思い、どんな会話を交わし、どう行動したのかをリアルに追体験できることが本作の骨子なのだ。3人のLINEのやり取りがそのまま(!)掲載されているのも楽しい。
TM NETWORKの40周年を記念した大規模なツアーなので、もちろん準備は数年前から行われているし、綿密な計画のもとに進められているはず。しかしこの本を読んでいると、“何か一つでも間違っていたら、ツアーは上手くいってなかったかもしれない”という奇跡のようなバランスが存在していることがわかる。SPEEDWAY(TM NETWORK以前に小室、宇都宮、木根が在籍していたバンド)宇都宮隆のソロライブ、小室の制作への復帰、「Get Wild」のリバイバルヒット。ひとつひとつの“点”が“線”になり、運命に導かれるようにアニバーサリーツアーへと向かっていく。そこで生まれるダイナミックな展開もまた、本作の読みどころだ。
それを支えているのはもちろん、木根のフラットな視点だ。完全に当事者であり、渦のなかにいながら、いつもどこか冷静。すべての出来事を俯瞰しつつ、ときにサービス精神を盛り込みながら読ませる筆致こそが、文筆家としての木根尚登の特徴なのだと思う。
思いがけないトラブルがあってもそこまでピリッとせず、独特のバランスのなかで成り立っているメンバー3人の関係性。楽曲、ライブの制作をコントロールしつつ、細部にまでこだわりまくる小室のプロデュースワークなど、“なるほど、こうなってるのか”な発見も面白い「電気じかけの予言者たちー再起動編ー」。もう一つ記しておきたいのは、藤井徹貫さんのことだ。
藤井徹貫という存在
1980年代から音楽ライターとして活躍してきた藤井さんは、TM NETWROKと深い関りがあった。本書のなかで木根自身も記しているが、「電気じかけの予言者」シリーズは、木根の原稿に藤井さんが手を入れることで制作されてきた。2023年5月に藤井さんが逝去したことで、木根は「徹貫がいないと書けない」と執筆を諦めかけるが、ある出来事がきっかけで「やってみよう」と決意したという。残念ながら藤井さんはもういないが、この本を支えているのは間違いなく彼の存在。私もいち音楽ライターとして、藤井徹貫さんの功績に改めて敬意を示したい。

























