「サウンド&レコーディング・マガジン」編集長・辻太一が語る、雑誌の在り方とコミュニティとの向き合い方
リットーミュージックが刊行する音楽制作・録音技術の専門誌「サウンド&レコーディング・マガジン」(以下「サンレコ」)は、1981年に創刊され、来年で45周年を迎える。同誌はデスクトップ・ミュージック(DTM)を先駆けて取り上げるなど、時代の流行を追いながらも、一貫して専門性の高いマニアックな誌面作りを貫いてきた。

今回、編集長の辻太一氏にインタビュー。辻氏は、WEBメディア全盛の時代だからこそ「雑誌を極めたい」と抱負を語り、紙媒体でしかできない濃密な誌面を追求していきたいと話す。今後の紙の雑誌の在り方から、編集哲学まで幅広く話を聞いた。
■その時々のモードを捉えて誌面を作る
――「サンレコ」は、どのようなコンセプトのもとに編集されている雑誌なのでしょうか。
辻:1981年に刊行された創刊号は、「キーボード・マガジン」の増刊号という扱いでした。その形での発行が2号目まで続き、3号目から独立した月刊誌となりました。雑誌のコンセプトは当時から一貫していて、作曲家、編曲家、サウンドプロデューサー、サウンドエンジニアといった音楽や音響のクリエイターに向け、制作の手法や楽器、音響機器について報じるというものです。
――メディアとしての使命や、立ち位置をお聞かせください。
辻:その時々の音楽・音響制作のモードを捉え、できるだけ詳細な記事を作ることをモットーにしています。モードは、イマーシブオーディオやAIなどの真新しいものだけでなく、アナログシンセサイザーやアナログレコードなど、近年アップデートまたは再評価されているものも含めます。音楽や音響の分野で今はどんなものがイケているのか、きちんと捉えながら詳細なコンテンツを作っていくことが課題です。
――創刊から変わらない“「サンレコ」らしさ”を挙げるとしたら、何だとお考えですか。
辻:プロやセミプロなどの音楽クリエイター、あるいは音楽制作の情報に対する感度が高い人にとって読み応えがあり、勉強になったと感じてもらえるようなコンテンツです。そういった高度な情報が多いことが“「サンレコ」らしさ”だと思います。
――時代に合わせて変化してきた部分があれば教えてください。
辻:大きな部分では、誌面の作り方だと思います。僕が副編集長、編集長を務めてきたここ5年ほどで特に配慮しているのは、写真や図版をなるべく大きく載せることです。レイアウトが美しく見えるように文字要素を絞って画を大きくしながらも、要点がしっかり伝わる誌面を心がけています。
――それは辻さんが大切にしている編集哲学なのでしょうか。

辻:そうですね。僕は2010年の5月から「サンレコ」の編集に携わっていますが、例えば文章ひとつを取ってみても、当時は頭から時系列に説明して最後に結論を持ってくる、いわゆる王道の構成でした。しかし、最近はそういう文章があまり読まれなくなっている気がしていて。読者は以前にも増して、情報の要点を“素早く”知りたがっていると思うんです。
決して文章が読まれなくなったわけではないですが、読書に割かれる時間は減少傾向にあると思います。ですので、取材した内容の要点やおいしい部分がなるべく素早く、そして濃く伝わるような文章や誌面構成を意識しています。
■一貫して実作業している人を取り上げる

――毎号、様々なジャンルと幅広い世代のアーティストやエンジニアを取り上げていますが、取材対象を選ぶ際に意識していることはありますか。
辻:自分の手を動かして音楽を作っている人を選んでいます。すなわち、自ら音楽制作ソフトや機材を使って実作業をしている人、あるいはディレクション側に立っていても、実作業の経験がある方に取材したいのです。
そして、作品制作の各プロセスで、どんな考えを持って何を使い、何をやってきたのか……というワークフローについて自覚的であり、かつしっかりと説明できる人を意識して選んでいます。
――専門的な内容を扱いつつ、幅広い読者のニーズに応えるための工夫はあるのですか。
辻:そこは、割とプロフェッショナルまたはマニアックな方に振り切っています。専門性の高いネタをきちんと深掘りして伝えるのが「サンレコ」の使命だと思っているので、プロではない趣味層の人に照準を合わせる機会は少ないです。

ただ、音楽の世界では、昨日までアマチュアだった人がいきなりプロになるようなことも珍しくありません。例えば、会社員をやりながら音楽制作をしていた人が何かの機会に話題になり、急に音楽で稼げるようになることも起こり得る。ですので昨今は、情報感度が高くて音楽制作に熱心な人であれば、プロもアマチュアも「サンレコ」が意識すべき層なのではないかと考えています。
■「コミュニティ」の一員として認めてもらう
――創刊以来、DTMやDAWの発展があり、SNSを通じた音楽の発表やネット経由の流通など、音楽を取り巻く環境が変化してきました。雑誌としての役割は、どう変わってきたと感じますか。
辻:SNSが登場する以前の1990年代の雑誌といえば、編集部や出版社がマスメディア特権的なものを使って仕入れた情報を、上から投下するスタンスだったと思います。しかし今は、弊誌のような専門誌はコミュニティ、つまり特定の物事に対する価値観を共有する集団の一員として認めてもらうことが、何よりも大事だと考えています。

弊誌では今年3月にRoland SP-404(音源を取り込んで再生/加工するサンプラーという機材)、5月にモジュラーシンセサイザーに関する特集を組みました。どちらの分野にも、ものすごく詳しい人たちのコミュニティがあります。だからこそ、その状況を理解したうえで取材をして面白い情報を引き出し、記事をコミュニティの皆さんから評価してもらうことが重要です。
「サンレコ」はいい情報をよく知っているね、と一目置かれる存在になりたい。そういった在り方を意識して誌面を作っていくのが、今の我々に求められることだと思います。それは特権的に情報を仕入れて投下するかつての雑誌とは、まったく性質が異なるものですね。自分たちがトレンドを作る・牽引するというスタンスではなく、「サンレコ」もトレンドやコミュニティの一員でありたい。それを前提にして誌面を作っていけば、結果的に若い層にもサポートしてもらえるのではないかと考えています。
――雑誌の作り方が変わってきたわけですね。

辻:一方で、我々にはマスメディアの編集チームとしての矜持があります。コミュニティだけに向けて本を作るなら、それは同人誌やジンの役割だと思います。コミュニティを意識しつつも、マスメディア的な動き方を組み合わせることで固有の価値が生まれる。例えば、同人誌やジンを作っている個人がビックネームのアーティストを取材したり、音響機器メーカーから歴代のサンプラーを何台も取り寄せて撮影することは難しいと思います。
しかし、「サンレコ」は40年以上に及ぶ活動の中で、サポートしてくださる方々に恵まれてきました。ですので、個人の力ではなかなか実現できないような取材が可能になりますし、それがメディアであることの強みです。これは、SNS以降の世界で強い雑誌を作るために欠かせません。




















