『果てしなきスカーレット』はこのまま失敗作として終わるのか? スタジオ地図15周年記念本から考察

『果てしなきスカーレット』は失敗作か?
「スタジオ地図15周年『果てしなきスカーレット』で挑む世界」(日経BP)

 最新作のアニメ映画『果てしなきスカーレット』が公開中の細田守監督が、『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)から制作の拠点にするアニメスタジオがスタジオ地図。刊行中の「スタジオ地図15周年『果てしなきスカーレット』で挑む世界」(日経BP)は細田監督がスタジオ地図設立前に取り組んだ『時をかける少女』(2006年)や『サマーウォーズ』(2009年)も含む作品を紹介してクリエイティブの軌跡を振り返っている。おりしも12月12日から17日まで名古屋で開催の「第1回あいち・なごやインターナショナル・アニメーション・フィルム・フェスティバル(ANIAF)」では細田作品を特集上映中。13日には『サマーウォーズ』が上映されて細田監督に加え、主人公・小磯健二を演じた神木隆之介がサプライズ登壇して作品の魅力を語った。

 「よろしくお願いしまぁぁぁすっ!!」。アニメ映画『サマーウォーズ』での小磯健二の名セリフが名古屋の劇場に響き渡った。

あの名セリフ「よろしくお願いしまぁぁぁすっ!!」を叫ぶ神木隆之介

 ANIAFでの上映に駆け付けた細田守監督も驚くサプライズゲストとして登壇した神木隆之介が、集まった観客に「今後もこの作品を愛してくれたら」といった思いから叫んで聞かせたものだ。直前に映画を観たばかりの観客は、目の前で本人から再現されて相当に嬉しかった様子。拍手と歓声で神木を讃えた。

 トークイベントの会場に神木が現れた時、細田監督は「『サマーウォーズ』の時以来?」と言って久々の再会だったことを打ち明けた。「声変わりをしたて1番にお願いして、神木君ってこういう声も凄く魅力的だと思った。それからずっと変わらないね」と、16年の時を経てますます活躍の場を広げる神木を讃えた細田監督。神木も「ドラマや映画の撮影現場やファンの方々から、『サマーウォーズ』が好きだという話を聞くたびに誇らしいなと思います」と言って、初挑戦した声優でキャリアに残る役を演じられたことを感謝していた。

 細田監督にとって『サマーウォーズ』は、スタジオ地図の設立に直接繋がる作品だ。「スタジオ地図15周年『果てしなきスカーレット』で挑む世界」でもページが割かれていて、恋愛もあればバトルもあり、コミカルさとシリアスさが絶妙なバランスで描かれた極上のエンタテインメント映画となっていることから、「昨今のアニメーション映画の一般化への足がかりになった作品と言ってもいいだろう」と指摘されている。

 もうひとつ、ネットとAIの進化を先取りしていたこともある。ANIAFでのトークで細田監督は、インターネット上のAIが起こす世界の危機と田舎の大家族が勝つ内容について、「当時はAIがSFの世界だったのが、今はかなり現実になっている」と話し、インターネットの良い面と悪い面がはっきりと見えてきた現在から振り返ると、「インターネット諸世界に希望を持って描くことができた時代の、おおらかで健全な作品」だったことを明かした。

 もっとも、細田監督は2021年公開の『竜とそばかすの姫』でも「インターネットを肯定的に描いています」と「スタジオ地図15周年『果てしなきスカーレット』で挑む世界」に採録された映画公開当時のインタビューで答えている。「ただ批判するだけでなく、肯定的に”寄り添う”目線が必要ではないか」とも言って、時流に流されがちな雰囲気に逆らう姿勢を見せている。

細田守監督

 これは、最新作『果てしなきスカーレット』にも当てはまるものだ。父を死に追いやった叔父への復讐だけが目的になっている王女スカーレットが、「死者の国」へと堕ちてなお復讐に凝り固まっていたものが、現代の看護師で誰でも救おうとする理想主義者の聖と出会って考え方を和らげる。「これ(復讐)をやるしかないと決めつけて、幸せになってはいけない、幸せになるきっかけがないと思い続けて、自分の可能性を狭めている。復讐に限らず、そんな人が今たくさんいるんじゃないかと思うわけです。でもそれって、もったいないじゃないですか」と細田監督。思い込みがぶつかり合って復讐の連鎖が終わらない状況を変えるための道筋を、展開の中で示した映画が『果てしなきスカーレット』だった。

 「『果てしなきスカーレット』で挑む世界」ではほかに、ルックへの挑戦を行ったことが書かれている。『時をかける少女』や『サマーウォーズ』の頃から貫かれてきたキャラクターのデザインであり、影をつけない表現といったものを使わず、リアルで荒々しいキャラたちを3DCGによって描き上げた。『竜とそばかすの姫』でも仮想世界「U」の中でヒロインがアバターとして使うベルが同じように3DCGだったが、より人間らしさを増した表情や仕草を見せるルックとなり、演技力に定評のある俳優たちの声と共に映画の中にシリアスな人間たちの生きざまを描き出している。

 同書で細田監督は、二項対立で語られることが多かったアメリカ的な3DCGアニメと日本の職人芸によるアニメの「両方のいいところを取り込みながらもっと新しいルックを創出していく必要があるんじゃないかと思う」と話して、最新作で挑んでみたことを明かしている。発達の著しい生成AIを使えば、ジブリ風でもドラゴンボール風でも簡単に作れるようになっている状況で、「実写で撮影してそれを『○○風アニメにして』と指示すれば簡単に出力できてしまうってことですよ。そんな未来、誰も望んでないじゃないですか?」という意識が、新しいルックの模索でありテーマの探求に繋がった。

 映画の宣伝に当たっても、そうした細田監督の挑戦を取り上げる方針が採られたようだ。「『果てしなきスカーレット』で挑む世界」では、東宝で宣伝を担当した岡田直紀が、「作品の中に潜んでいる“復讐という狂気”をちゃんと伝えた方が作品にとっても良いんじゃないかと考えました」と話している。ルックの違いについても「“新しい細田監督作品”となるので、ポスターではそれを徹底的に押し出していくことにしました」と岡田。血が滲んだドレス姿で死者たちの上に立つスカーレットのビジュアルを見せ、衝撃を与える手法は「『もののけ姫』の宣伝手法から着想を得ています」。

 宮﨑駿監督の『もののけ姫』(1997年)は前作『紅の豚』(1992年)の4倍近い201億円の興行収入を上げて当時の洋画も含めた日本の映画興行記録を塗り替えた。同時に宮﨑監督の中にあるメッセージ性や表現の過激さを見せて作家としての存在感を増すきっかけになった。「『果てしなきスカーレット』で挑む世界」で細田監督は、「恐らく僕の映画は作家映画として受容されているのだろうと思います。でも日本は全然違って、エンタメとして受け止められているんじゃないかな?」と話している。『果てしなきスカーレット』はそうした作家性を、『もののけ姫』の宮﨑監督のようにさらけ出したことで評価が分かれたところがあるのかもしれない。

 これは、作家映画として観られている海外では好評を持って受け止められる可能性があることを示唆している。東宝の岡田は、実写の日本映画の興行記録を22年ぶりに塗り替えた『国宝』も担当していて、世界での評価を押し出すことで注目を向けさせた。海外での公開が始まり賞レースにも乗って動向が取り沙汰されることで、日本にも新たな動きが出て来ることは考えられそうだ。

■書誌情報
「スタジオ地図15周年『果てしなきスカーレット』で挑む世界」
編集:日経エンタテインメント!
価格:2,420円(税込)
発売日:2025年11月21日
出版社:日経BP

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