史実を知っていると面白さ倍増! 岡田准一主演で注目『イクサガミ』が切り拓く、時代小説の可能性

 Netflixで世界配信された、岡田准一主演の時代劇ドラマ『イクサガミ』は、現在、幾つもの国で高く評価されている。日本でもドラマを見て、その面白さにぶっ飛んだ人も多いことだろう。そのドラマの原作である、今村翔吾の「イクサガミ」シリーズは、2025年8月に刊行した第四巻で見事に完結している。こちらもムチャクチャに面白いので、是非とも読んでほしいものである。

 物語は明治十一年の五月から始まる。破格の大金を得る機会があるとの怪文書に惹かれ、「武技ニ優レタル者」が京都の天龍寺に集結した。槐と名乗る謎の人物が彼らに持ちかけたのは、「こどく」というデスゲーム。配られた木札を一点とし、それを集めながら、東京を目指せというのだ。参加者となった、京八流の使い手の嵯峨愁二郎は、十二歳の少女・香月双葉を見捨てることができず、手を携えて東海道を進んでいく。しかし参加者に殺し合いを強いる「こどく」のルールにより、その旅は凄絶なものになるのだった。

 というのが第一巻の簡単な粗筋だ。やはりデスゲームに参加している、他の京八流の使い手との継承者に関する因縁も絡まり、ストーリーが盛り上がる。もちろん他の主要な参加者たちにも、それぞれバックボーンが与えられている。じっくりと考え抜かれた魅力的なキャラクターが、あっさりと殺されて退場する様は、本書に異様な迫力を与えているのだ。

 以後、愁二郎たちは激しい戦いを繰り広げながら、東京を目指していく。一方で、「こどく」を主催した黒幕の正体も判明。なるほど、この人物を持ってきたかと感心した。ストーリーは荒唐無稽だが、史実や実在人物が巧みに織り込まれており、独自の世界を構築しているのである。

 そして第四巻で、愁二郎たちは東京に到着。生き残ったのは九人である(それとは別に、生きたまま脱落して者もいる)。だが、それで「こどく」が終わったわけではない。上野寛永寺が真のゴールだというのだ。黒幕の陰謀により、東京の人々が敵になった過酷な状況の中、愁二郎たちの戦いは続く。

 本書は、チャンバラに特化したエンターテインメント時代小説である。チャンバラを主体とした道中記は、かつての時代伝奇小説で、お馴染みのパターンだ。そこにデスゲームを持ち込んで、現代の若い読者も楽しめる内容へとアップデートしているのである。だから、時代小説を読んだことのない人にこそ、手に取ってほしいのだ。

 もちろん時代小説ファンを喜ばせるような趣向も、随所に込められている。たとえば第四巻まで生き残り、愁二郎たちの前に立ち塞がる、天与の才能を持つ剣鬼・天明刀弥の設定だ。まさか父親が、あの人物だとは思わなかった。特にそんな設定を作らなくてもキャクターとして成立する。それでもやってしまうところに、ところとん読者を持て成そうという、作者の強い意思を感じるのだ。

 また、第四巻で黒幕の真の目的が明らかになるのだが、これには驚いた。ああ、たしかにこの時代だと、あれは使えなかったよね。知ってはいたけど、そのネタをぶち込んでくるのか! 史実を知っていると、面白さ倍増だ。

 他にも注目すべき点は多数あるのだが、すべてに触れる余地がないので、愁二郎と行動を共にする双葉について語っておきたい。愁二郎と双葉は、大切な人を病から助けるための金を得るために「こどく」に参加した。愁二郎は戦闘能力抜群だが、双葉は戦う力を持っていない。それでもふたりの間には、強い絆が結ばれていく。殺伐とした物語の中で、人間に対する信頼も、しっかり描かれているのだ。

 さらに戦えない双葉が、ストーリーが進むにつれて、大きな意味を伴って立ち上がってくる。本書のテーマの一翼を担う、重要な存在なのだ。デスゲームの先にある、作者の真摯なメッセージを、どうか受け止めてほしいものである。

 ご存じの人もいるだろうが、作者は小説だけではなく、さまざまな活動で歴史時代小説の業界を活性化しようとしている。本書をNetflixでドラマ化したのも、その一環なのだろう。その結果、歴史時代小説が世界的なコンテンツになる可能性を、この作品が指し示してくれたのである。

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