『ガウディの伝言』なぜ20年経っても売れ続けている? 日本人彫刻家が解き明かす天才の理論

『ガウディの伝言』がロングセラーの理由

 11月第一週のアマゾン売れ筋ランキングで、急浮上したロングセラーの新書がある。外尾悦郎氏による新書『ガウディの伝言』だ。刊行されたのは2006年とおよそ20年前の本ながら定期的に話題になっており、今週は一時22位まで食い込んだ。

ガウディ入門に打ってつけの一冊

 著者である外尾氏は、日本人でありながら1978年にスペインのバルセロナに渡り、サグラダ・ファミリアの彫刻家として25歳の頃から石を掘り続けてきた人物である。サグラダ・ファミリアといえば、スペインの建築家アントニ・ガウディの代表作であると同時に、完成まで100年以上かかる未完の巨大建築として知られる教会(一応2030年代には完成する見込みらしい)。この教会の壁面を飾る多種多様な石像には、外尾氏が手がけた作品が数多く散りばめられているという。

 本書は、この外尾氏がサグラダ・ファミリアとガウディの作品に込められた理論やメッセージについて解説し、さらに後半はガウディの生涯について詳述した内容となっている。一見するとグニャグニャしていてよくわからないガウディの建築物に関して「これはこういう理屈からこうなっている」と説明した解説本としても読め、さらにガウディ本人の生涯について解説することでなぜ彼がこのような理論に基づいて設計を行うようになったのかも理解できる作り。まさにガウディ入門のための一冊として、申し分のない内容だ。

 そもそも、新書はロングセラーが生まれやすいジャンルである。例を挙げれば渡部昇一の『知的生活の方法』(講談社現代新書、1976年刊行)や、鶴見良行の『バナナと日本人: フィリピン農園と食卓のあいだ』(岩波新書、1982年刊行)、本川達雄の『ゾウの時間 ネズミの時間 サイズの生物学』(中公新書、1992年刊行)、原沢伊都夫の『日本人のための日本語文法入門』(講談社現代新書、2012年刊行)など、長いものだと50年にわたって読み継がれているものもある。

 こういったロングセラーが生まれる背景には、「堅苦しくなりすぎないスタイルで書かれた教養本」という新書の特徴があるだろう。普遍的な教養について書かれた書物は時代に左右されない分、ロングセラーになりやすい。そういった状況を受けて、岩波や中央公論は特設サイトを用意して自社のロングセラー新書を紹介している。長い時間が経過しても読み継がれている名作新書は、価値が保証された良書揃い。読者の知的好奇心を必ず満たしてくれる本として、信頼できるジャンルなのである。

 『ガウディの伝言』も、その系統に連なる良書だ。実際に彫刻を作っていた外尾氏によって、一見すると理解不能なディテールに埋め尽くされているようなサグラダ・ファミリアの各部について解説されるのだが、それがいちいちわかりやすく、読むたびに「そういう意味なのか……」という納得がある。

 外尾氏によるサグラダ・ファミリアの解説を読むと、この建物に関する印象は大きく変わる。サグラダ・ファミリアは年月を経るごとに自然と神への信仰を強めていったガウディによる、最後の巨大な実践の場だった。尖塔の先にはサーチライトが取り付けられて巨大な光の十字を作り、さらにイエスの弟子たちを示す十二使徒の塔からはイエスの塔とバルセロナ市街各地に向けて二方向に光が放たれ、巨大な光のオブジェとなることをガウディは計画していたという。壮大すぎる。

ガウディはサグラダ・ファミリアで何をしようとしていたのか

 さらに本書によれば、ガウディはサグラダ・ファミリアを「巨大な楽器」としても使えるように構想していた。各所に取り付けられた鐘は合計84本。音階の違うこの大量の鐘を巨大なピアノとして使い、さらに教会内各部に取り付けられた様々な巨大楽器を聖堂内の鍵盤楽器で制御して、教会全体を使って演奏するという試みが詰め込まれていたというのである。すごい。常人の思考を超えている。

 グニャグニャして奇怪な印象にも見えるガウディの建築が、実は模型と職人の技術を元に理詰めで考えられた、極めて論理的な造形物であることも解説される。曲面ばかりに見えるガウディの建築が、実は多くの直線で構成されたものであり、石を使って巨大な重量を支えるために練り上げられた形状を採用していることが、まったく建築に詳しくない人間でも理解できるように平易に書かれている。

 これらの解説によって、ガウディが何をしようとしていたのかがおぼろげに理解できるようになるのが、本書のすごいところである。ガウディは天才的建築家だが、決して常人には理解できないインスピレーションやひらめき、直感といった直情的な行動原理で動いていたわけではない。彼にはキリスト教信仰、自らが生活していた地中海沿岸という環境からの影響、建築家としての経験や職人の技術への信頼とリスペクト、そして「神が作った自然・世界」への強い興味と観察眼があり、そういった諸々を組み合わせた上で理論を組み立て、最善と思える手を打ち続けたのである。

 だから一見すると常人には理解不能なサグラダ・ファミリアも、ガウディの組み立てた理論を当てはめればその意図や狙いを読み解くことができる。決して天才だけにしかわからない、奇矯な建物ではないのだ。それを外尾氏が長年の彫刻家としての作業の上で読み解いた結果を、「ガウディの伝言」としてこの本にまとめたのである。タイトルに偽りなし。まさしくガウディからの伝言としか言えない内容だ。

 正直なところ、クリスチャンではない自分にとっては「神」の存在やもろもろのキリスト教的概念を飲み込むのがなかなか難しく、洗礼を受けてカトリックの信者になっている外尾氏ほどには、ガウディの伝言を骨身に染みて理解できていないと思う。というかそもそも、実際にサグラダ・ファミリアの彫刻を長年にわたって手がけてきた外尾氏と同じくらいガウディの思考や祈りを理解できる人間は、この地球上にほとんどいないだろう。

 しかし、自分が「いつまで経っても完成しない、むちゃくちゃ装飾がたくさんついている奇抜な形の教会」としか思っていなかったサグラダ・ファミリアに込められたメッセージ、そしてそれを計画したガウディの生涯についてここまで簡潔かつわかりやすく教えてくれる本は、本書をおいて他にない。文章も平易で読みやすく、読めば誰でもガウディの生涯や過酷な歴史を辿った20世紀のスペインに思いを馳せてしまうはずだ。20年にわたって読み継がれているのも納得。おすすめのロングセラーである。

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