『僕には鳥の言葉がわかる』四冠達成 常識を覆す発見について書かれた驚異の一冊

『僕には鳥の言葉がわかる』四冠達成

四冠達成の話題作

 10月30日、Amazonで取り扱っている本全体の売り上げランキングで、鈴木俊貴の『僕には鳥の言葉がわかる』が4位にランクインした。

 すでに「第24回新潮ドキュメント賞」と「第13回河合隼雄学芸賞」、「かってに芥川賞・直木賞」(芥川賞部門)を受賞している本書だが、10月17日には「書店員が選ぶノンフィクション大賞2025」も受賞。見事四冠を達成した。今年1月に発売され、すでに三つも賞を受賞している本書がこのタイミングでランクインしたのは、この「書店員が選ぶノンフィクション大賞」の効果が大きいだろう。

 そんな本書の内容は、驚きに満ちたものである。著者である鈴木氏は、動物言語学という耳慣れない学問を研究している人物であり、鳥類の研究で大きな成果をあげている国際的研究者だ。その鈴木氏のこれまでの研究者としての歩み、そして彼がつきとめた「シジュウカラが単語を組み合わせ、文章を作って"会話"している」という、常識を覆すような発見について書かれたのが本書である。

 シジュウカラが会話していると言われても、にわかには信じ難い。「単語を組み合わせて文章を作り会話をする能力は、人間にだけ備わっている」と、普通の人は思うだろう。ところが、著者の鈴木氏はフィールドワークの最中、シジュウカラをはじめとする小型の鳥類が、餌となるヒマワリの種を見つけた時に特定の鳴き声で鳴くのを発見。これをきっかけに様々な実験を繰り返し、20年近くの時間をかけて「シジュウカラが鳴き声を使って会話をし、情報のやり取りをしている」という証拠を掴んでいく。

驚きと情熱に満ちた動物言語学の世界

 本書の語り口は軽妙で、素人が読んでもわかりやすい。研究に関する苦労話もユーモラスに綴られ、さらに文中に挟まれているイラストも鈴木氏が描いたもので、こちらもなんだかかわいい。軽井沢での発見からアイデアを膨らませ、反論の可能性を潰しながら実験の方法を練り、粘り強く鳥たちの会話とその意味を推測していく過程が、スルスルと飲み込めるように書かれている。その結果、我々は「鳥たちが会話し、時にはジェスチャーすら使って情報のやり取りをしている」という事実に納得させられてしまう。読み進めながら「嘘でしょ……」から「マジか……」へと気持ちが変わっていく過程は本書の大きな醍醐味なので、ぜひとも味わっていただきたい。

 その上でさらに鈴木氏は、「他の動物の会話やコミュニケーションについて想像すらしない人間たちは、井の中の蛙である」「おそらく狩猟採集生活を送っていた頃の人類は動物たちの会話にもっと敏感だったはずだが、自然と切り離された生活を送る現代の人間は動物の会話を読み取る能力を失っている」と説く。そんな動物たちの会話を読み解くために立ち上げられた学問が「動物言語学」であり、これからも鳥類以外の研究者とも連携して動物たちの言語を解読する決意が語られる。身近にいる動物が何を話しているのか、いつかわかる日がくるかもしれないわけで、ストレートにワクワクする話である。

 本書が面白いのは、単に鳥のことを書いているだけではなく、徐々に「単語とは」「文章とは」「言語とは」という問いをはらんだ内容になっていく点だ。例えば「特定の条件が揃った時に自動的に出てしまう鳥の鳴き声があり、周囲の鳥たちはそれに反応しているだけ」であれば、言語で会話していることにはならない。ただ自動的に出る鳴き声ではなく、周囲の状況を確認して、意図的に発声することを選んでいる鳴き声でなければ、単語とは言えないのである。

 さらに「では文章とはなにか」「特定の鳴き声の羅列を"文章である"と断言するためにはどのような条件を満たす必要があるか」を、鈴木氏は詰将棋のように考え、実験し、追い詰めていく。鳥の鳴き声の研究の中で、我々が日常的に操っている言語とは一体なんなのかをめぐる、足元がふらつくようなスリリングな思考が繰り広げられるのである。しかも文章自体はユーモラスで読みやすい。こりゃ確かに賞をあげたくなっちゃうのもわかるな……という内容である。

 本書を読んでいて思い出したのが、前野ウルド浩太郎による『バッタを倒しにアフリカへ』『バッタを倒すぜ アフリカで』シリーズだ。どちらも野生の生き物を丁寧に観察し、その行動から驚くべき生態を割り出し、その結果として国際的な評価を受けている研究者が、ユーモアを交えて一般向けに書いた本である。前野氏も著作で新書大賞や科学ジャーナリスト賞を受賞しており、そういった受賞歴があることも共通しているように思う。

 もうひとつ、鈴木氏と前野氏に共通しているのが、研究対象となっている生き物のことを好きで好きで仕方がないことが、文章から伝わってくる点だ。鈴木氏は子供の頃から生き物全般が好きだったそうだが、やはり20年近くひたすら研究を続けてきたシジュウカラに対する好意は並々ならぬものがある。特に本書の中に書かれている「船の中にシジュウカラが巣を作ってしまい中に雛がいるが、都合があって船を移動させなくてはならない」という緊急の問い合わせがSNS経由で寄せられた際のエピソードは、手に汗握る展開とシジュウカラ愛で読ませる。

 前野氏もその著書で、バッタに対する溢れんばかりの愛を綴っていた。好きで好きで仕方がないからこそ、2人は何ヶ月も軽井沢の山小屋にこもって3食米だけ食べ続ける生活を送りながら野鳥を観察したり、バッタのためだけにアフリカまで出かけて過酷な生活に耐え、大きな科学的成果を得ることができたわけである。常識はずれな愛着、そしてベタな言い回しになるが、その愛着を燃料にした情熱こそが、成果につながったのだ。

 とにかく好きなことをやり続けている人が書いた本だからだろうか、鈴木氏の著作も前野氏の著作も、どちらも読後感は爽やか。これも2人の本に共通している部分だ。とにかく前のめりに好きなことをやり続けている人の話というのは、やはり精神にいい。『僕には鳥の言葉がわかる』は驚異の発見に驚き、そして研究者の生き様に感嘆する、四冠も納得の一冊だった。

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