『茉莉花官吏伝』石田リンネが描くヒロインはなぜ魅力的? 最新作『万年2位の天才魔法使い』刊行でキャラへの想い語る


『茉莉花官吏伝』(ビーズログ文庫)シリーズをはじめとする数々の人気作品をおくり出してきた石田リンネが手掛ける新作『万年2位の天才魔法使い 1 ~王国からの秘密のお仕事のため、実力を隠してこっそり魔法学園生活はじめます!~』(オーバーラップノベルスf)が、10月25日に刊行された。
本作は中等部で万年2位という挫折を味わって進学を諦めたノエルが、首席だったライバルの王子クロードから依頼を受けて、不可解な事件の解決のために魔法学園に潜入するという学園×仕事×ファンタジー小説だ。
リアルサウンドブックでは今回、作者の石田リンネにインタビューを行い、執筆過程や多彩なキャラクターについてなど幅広く話を聞いた。
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持ち続けた“学園小説”への憧れ
――『万年2位の天才魔法使い』はどのような過程で着想されたのでしょうか。
石田リンネ(以下、石田):もともと学園小説がすごく好きだったんです。ただデビューした頃は、女性向けジャンルでは学園ものは売れにくいと言われていました。それでもブームは一周するものだから、いつか必ず書ける日が来ると信じて待っていたんです。その後、悪役令嬢ものが流行り、登場人物たちが学園生活を送るような描写も読者から好意的に受け入れられるようになってきました。今なら学園を舞台にした小説を書けるかもと考えて、「魔法」という人気の題材とかけ合わせた魔法学園という設定で夢を叶えることにしました。
――満を持して発表された学園小説だったのですね。風向きが変わるきっかけが悪役令嬢ものだったというのが興味深いです。
石田:悪役令嬢ものも当初は王宮が舞台になることが多かったと思うのですが、世界観が広がっていくうちに学園が登場するようになったので、私としてはありがたい流れでした。
――学園小説で影響を受けた作品はありますか?
石田:それはもう、本当にたくさんあります。『マリア様がみてる』や『涼宮ハルヒの憂鬱』、『とある魔術の禁書目録』、それに『ハリー・ポッター』なども含めて、流行りものはリアルタイムで読んでいました。その後も学園ものはずっと好きなのですが、女性向け作品では少なくなっていったので、男性向けのライトノベルや児童文学などで欲を満たしていました。
――タイトルはいつ頃決めたのでしょうか?
石田:最初に企画書をお渡しした仮タイトルの時点で、もうこのフレーズでした。「天才」や「魔法使い」という言葉は絶対入れようと決めていたけど、それに加えてキャッチーで差別化できるような言葉として、「万年2位」とつけることで気になる要素になってくれるのではないかと。なおかつ、できるだけシンプルにしたいと思って考案したタイトルです。
――近年の小説、とりわけウェブ小説は長文タイトルが多いですが、シンプルさを重視されたのですね。
石田:小説投稿サイトなら、タイトルで内容を説明した方がいいですし、発売前から略称がファンの方々に浸透しています。ですが書き下ろしだと、事前の宣伝媒体が公式サイトやSNSに限られてしまいます。なので、たまたま宣伝や投稿を見かけたときにパッと覚えて書店で探せるよう、できる限りシンプルにしたいという気持ちはありました。
よい意味で「女性」ではなく「人間」として。キャラクター造形の意識
――物語は秀才型の主人公ノエルと、天才型の王子クロードの関係を中心に進みます。
石田:首席を取るような天才と、それには敵わないながらも努力する秀才という関係が好きで、いつか書いてみたいと思っていました。今の流行りの主人公は、完全無欠で首席を取る天才の方だと思います。だけどせっかくなら、そうじゃない方を主役にして書いてみたいなと。相手の才能は認めているけれども、努力しても敵わないもどかしさや嫉妬、葛藤のような気持ちも抱えている。そんな人物を丁寧に描きたくて生まれたキャラクターがノエルです。

――ノエルの造形で意識された点などはありますか?
石田:キャラクターには、一言で表せるようなシンプルで分かりやすい属性をつけたいと思っています。ノエルでいえば、面倒見が良くて優しい人気者の委員長、といった属性ですね。そこに「実は」という要素を入れることで、個性やギャップ、親しみやすさ、可愛げなどを足そうと考えました。初稿では実はもうちょっとひねくれた感じでしたが、担当編集さんからアドバイスをいただいて現在の形に落ち着きました。自分はなろう系の読者ではあるけれど、そこを主戦場にしている作家ではないので、流行りなどをきちんと捉えられているのか不安でした。なので、第一線で活躍している編集さんに、キャラクターの外見から性格までアドバイスをいただきながら、一緒に作り上げていきました。
――ノエルは中等部を卒業後すぐに魔法使いとして働き始めます。ところが、クロードからの依頼で、「存在しないはずの100人目の新入生が学園に忍び込んでいる」事件の解決のため、かつて進学を諦めたオルディア学園に特別聴講生として潜入することになりました。
石田:物語を書くときは常に、読者に向けてこれはどういう物語なのかを序盤のうちに提示するようにしています。今回は、ノエルは単に魔法学園に入学するわけではなく、謎があってそれを調査するというお仕事のために入るという設定を早くに示しました。
――学園小説でありながらお仕事小説でもある点が本作の大きな特徴です。これまでのシリーズを含めて石田さんが描く働くヒロインはとても魅力的ですが、女性と仕事を書くうえで意識されていることはありますか?
石田:ことさらに女性であることを意識するのではなく、よい意味で「女性」ではなく「人間」として、働く女性を書こうと思っています。そのキャラクターに女性らしいと言われるところがあっても、あくまでその人間の個性として見てもらえるようにしたいです。女性だからこその苦労を描くことはあるかもしれないですが、それを描写する意味についてはすごく考えたりしますね。
――石田さんが描くヒロインはみな聡明で、個人的にそこにとても惹かれます。
石田:もしかしたらそれは自覚していない個性なのかもしれません。あくまで物語上のきれいごとかもしれないですけれど、現実を知りながらも、きれいごとが実現できる世界にしていきたいと願うヒロインであってほしいし、そういう人物を描きたいと私自身も思っています。
――クロードはどのように造形されたのでしょうか?
石田:ノエルのことがすごく好きだと伝わるようなキャラクターにしたいと思いつつ、それだけではない他の要素も入れたいなと。ノエルのいろいろな表情を見てみたいという少し意地悪な感情や、ライバルのような関係性も入れたいなと思いながら作っていったキャラです。
――ノエルはクロードの好意には全く気付いておらず、どうしても勝てない相手としてコンプレックスや苦手意識を抱いています。
石田:若くて、自分が万能感を抱ける時代に経験した挫折は、ノエル本人にとってはすごく大きなことだと思います。ノエルが成長したら心情もまた変わってくるのかもしれませんが、今のところは彼女の少女らしさも大事にしたいなと思っています。
――エミリーやキーラなど、ノエルを取り巻く学園の生徒たちも個性豊かで、学園小説の醍醐味である友情やすれ違いなどを味わえます。
石田:記号化は大事なのでわかりやすいキャラクターにしてはいますが、それだけでは終わらないように気をつけています。例えばエミリーだったら男の子にちやほやしてほしい願望を持った小悪魔的な女の子キャラですよね。そうしたキャラクターは、普通だったら最初はノエルに対して嫉妬や敵対心を抱いて、後で和解するみたいなエピソードが定番だと思うのですが、あえて初めから好意的にグイグイ来てくれる子にしています。キーラは宝塚の男役のような格好よいキャラではあるけど、男の子になりたいわけではないと作中ではっきり書いていますし、格好いいものも可愛いものも好きです。キャラクターを作る上では、テンプレになりすぎないような個性や味付けをしたいなと常に思っています。
――教師側はいかがでしょうか。
石田:教師側もバラエティ豊かにしたくて、年齢や性別もできる限りバラバラにするように意識しました。信頼できない教師ばかりにはしたくなくて、生徒にとって信頼できる教師もいるんだというところも伝わるように書いています。それから、私が学園ものを自分だけの感性や手癖で書いてしまうと、ちょっと古くなってしまうおそれがあります。例えば、教師と生徒が理由なく密室で二人きりにならないように気をつけたり、女子はこういうことを喋るはずだといった先入観で書いてしまわないようにしたりと、細かく気をつけながら書いています。
――細かい部分まで時代に合わせたアップデートを意識されているのですね。
石田:おそらく私が思っているよりも強く意識しないと、時代の移り変わりにはついていけないはずなので、できる限り意識したいなと思っています。
イラストは『聖女の魔力は万能です』コミカライズ(FLOS COMIC)の漫画家・藤小豆
――イラストは藤小豆さんが担当されています。ノエルをはじめキャラクターのイラストが出揃った際の印象はいかがでしたか?

石田:感激しました! 小説を作っていてすごく楽しいのが、出来上がったキャラクターデザインを見せていただく瞬間なんです。自分の中にふわっとしたイメージはあっても、それを絵に起こすことはできませんから、イラストにしていただくのは毎回とても嬉しいですし、楽しいですね。
――イラストはどのようにオーダーするのでしょうか?
石田:こちらから要望を伝えつつ、担当さんに流行りのヒロイン像を聞いたりもしながら、細かく調整してもらっています。今回は私のほうからノエルに関して、ただのロングヘアではなく、何か特徴になるワンポイントがほしいとオーダーしました。そうしたら藤小豆先生が、カチューシャにお花がついたデザインを上げてきてくださいました。せっかくだから、この要素を本文にも入れたいなと考えて、そのお花がノエルにとって思い出のあるものだというエピソードを改稿時に加えています。
――ノエルの魔法使いとしてのあり方を決めた重要なシーンとアイテムが、イラストから触発されたものだというのは驚きです。このように改稿の過程で内容を変えることはよくあるのですか?
石田:ストーリー自体はほとんど変わらないけど、人間関係やキャラクターの性格など、細部はかなり変えていくタイプだと思います。一旦書き上げてからまず一度読者視点で読んでみて手直しして、その後に担当さんに読んでもらってアドバイスをいただくことが多いです。自分だけだと独りよがりになることがあるので、第三者の冷静な視点はすごく参考になります。そのうえで、担当さんのアドバイスをそのまま取り入れるというよりは、いただいた案にさらに自分のアイデアを入れ込んで直しています。
魔法ものの醍醐味は
――魔法に関する緻密な設定や描写も本作の大きな見どころです。
石田:ノエルは魔法の基礎研究の天才という設定なので、魔法とは何かという定義付けから始めて、丁寧に設定を作り込んでいきました。書き進めるうちに魔法の設定に矛盾が生まれて書き直す、ということが本当に多かったです。読んでいておかしいと思われないように、でもわかりやすいように悩みながら作っていきました。
――ご自身で特に気に入っている魔法の場面はありますが?
石田:ノエルが魔法陣に囲まれて生活をしている冒頭のシーンですね。生活魔法の描写には特にこだわりました。この物語を読み進めるための起爆剤となるような、小さい頃に「こんな魔法があったらいいな」と思い描いたワクワク感をできる限り描写に入れようと思って書いています。
――生活に密着した魔法がある一方で、対照的なバトルシーンも登場します。
石田:ノエルの得意分野は地味な生活魔法なのですが、派手なシーンやバトル要素も魔法ものの醍醐味です。華やかな魔法のパートはクロードが担ってくれるので、結果的にノエルとクロードの二人でいろいろな方向性を出せる形になってよかったなと思います。
――魔法という要素に関して、石田さんが影響を受けた作品などはありますか?
石田:『スレイヤーズ』や『魔術士オーフェン』、『楽園の魔女たち』など、その時々に流行ったものはほぼ読んでいます。それから、ある意味でハッとしたのが野梨原花南先生の「ちょーシリーズ」です。呪文がすごく詩的というか綺麗で、魔法に美しさという要素があっていいんだという気づきがありました。
――タイトルに「1」とありますが、2巻以降の展開などはもう決まっているのでしょうか?
石田:まだ何も相談できていないのですが、2巻を出したい気持ちはあります。ノエルが成長することで心に余裕ができれば、周囲の友達ともっと友情や絆を深めていくことができるし、クロードとの関係の変化まで描けるので、そこまでいけたらいいなと思っています。
――最後に、リアルサウンドの読者にメッセージをお願いします。
石田:『万年2位の天才魔法使い』は、社会人であるノエルが仕事を引き受ける形で、聴講生として魔法学園に入学する物語です。読者の方が学生でも社会人でも、それぞれにノエルの学園生活を楽しめると思います。また、幼い頃に誰もが思い描いたような、「もし魔法が使えたら」というドキドキワクワクする想像を、ノエルを通してもう一回体験してもらえたらと願っています。読み終わった時に、真っ先に「面白かった!」と思える物語をめざして作っていますので、どうぞよろしくお願いします。
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