山田裕貴主演で注目『爆弾』が炙り出す、人々の破壊衝動 “無敵の人”スズキタゴサクから目が離せなくなる理由

『爆弾』が炙り出す、人々の破壊衝動

 東京都民に対する無差別爆破テロ。10月31日公開の映画『爆弾』では、そんな大事件が描かれる。2022年に発表された呉勝浩による原作小説『爆弾』は、『このミステリーがすごい!2023年版』や「ミステリが読みたい!2023年版」(「ハヤカワミステリマガジン」2023年1月号)でランキング1位になるなど、評価の高いベストセラーであり、なんといっても犯人像に魅力があった。一見凡庸というか平均以下に思われる人物なのに、なにをどこまで考えているのかわからない底知れなさがあるのだ。

 酔っぱらって酒屋の自動販売機を蹴り、止めにきた店員を殴った。そんなしょーもない事件を起こした中年男が、連行されてきた署内で事件を予言し、実際に秋葉原の廃ビルで爆発が起きた。霊感があるとうそぶく彼の次の予言の通り、またべつの場所で爆発がある。男は、連続爆破事件の重要参考人として、警視庁捜査一課特殊犯捜査係で交渉のプロである清宮や類家から取り調べを受けることになる。

 いがぐり頭、無精ひげ、たるんだ頬、ビール腹、「へへへ」という愛想笑い、いかにも金なしといった風情。四十九歳、スズキタゴサクと名乗るこの容疑者は、失うものがなにもない、いわゆる無敵の人だ。しかし、身なりはパッとしないものの、馬鹿ではない。逆に狡猾である。都民が人質にとられた状態での無差別テロを止めるため、清宮や類家はスズキからなにかを聞き出そうと、会話を重ねる。だが、相手はのらりくらりと本心を明かさず、これからの爆発についてはクイズで教えるという。でも、そのクイズは、一問一答形式のようなわかりやすいものではない。どこから問いが始まっているのかわからない話のなかに、ヒントが散りばめられている。長いなぞなぞのようなものだ。『爆弾』では、スズキタゴサクと清宮・類家の頭脳戦が軸となる。

 スズキは「でも法律は、わたしを救っちゃくれませんでした」などと被害者スタンスの発言をするが、社会や制度を壊そうとする政治犯ではなさそうだ。相次ぐ爆発で被害者が増えるなか、類家に「心底くだらない男だな」といわれたスズキは「そう。くだらないんです」と認めたうえで「誰からも見向きもしてもらえない、憶えてすらもらえない、のっぺらぼうなんだって」という。この“のっぺらぼう”が、本作のキーワードだろう。類家から共犯者がいる可能性をいわれると、スズキは、自分たちは仲間ではなく「のっぺらぼうが集まった、ノッペリアンズにすぎないんです」と返す。特にその人でなければいけないわけではなく、誰でもいい、とり替えがきく存在。“のっぺらぼう”とは、そのように名前があっても匿名的にあつかわれる人間だと考えられる。

 どう見てもスズキは、爆弾で被害者が多数出ている事態を楽しんでいる。だが、なにかひどいことが起きればいいのに、というのは犯罪者だけが思うことではない。『爆弾』は主に警察関係者複数の視点から描かれるが、唯一、大学生の細野ゆかりが、一般人の視点として登場する。本書のプロローグで彼女は、行きたくないサークルの飲み会を目前にして「いま、この街に隕石が落ちてしまえばいいのに」と思う。意に添わぬ現状がこの種の夢想を生むのは珍しくない。爆破事件が連続し騒ぎが大きくなると、ゆかりと友人たちとの会話やインターネットの投稿で、無責任な放言が発せられる様子が描かれる。一般人だけではない。捜査にあたる警察官のなかにも、聞きこみで相手に無礼な応対をされ「この部屋の便所が爆発すりゃいいのにな」とぼやいたり、「べつにいいか。爆発したって」と顔も知らぬ誰かが傷つくことへの無感動を覚えたりする者が出てくる。

 『爆弾』は、スズキタゴサクと清宮や類家が対峙する取調室という狭い空間を軸に展開する物語だ。しかし、都内各所に混乱が広がるなかで、警察官や市民も不満や苛立ちを抱え、しばしば破壊的な感情を見せるようになる。また、スズキは、社会のなかで自分が軽んじられてきたように話す。彼とやりとりするうちに、取り調べる側の警察の人間が、自身のうちにあった差別的感情に気づかされたりする。連続爆破事件をきっかけに、人々がふだんから持っているマイナスの感情がふき出すような、まるでスズキの悪意が世のなかに伝染したかのごとき状態になる。実は、人々のそんな軽はずみな思いを事件に組みこむ仕掛けも、この犯人は用意しているのだ。

 『爆弾』は、スズキタゴサクが一般の人々と断絶した存在ではないことを書いている。自分の立場を忘れ、ある種の破壊衝動を露わにする瞬間、人はスズキに近づく。自分がスズキになってしまうかもしれないという恐ろしさが、この小説にはある。そして彼は、ありふれた中年男でしかないのに、大それた事件を起こし心底憎まれる特別な対象になる。ありふれているのに特別だというこのあり方が、スズキタゴサクというキャラクターの魅力なのだ。

 『爆弾』では捜査側の面々がスズキに翻弄され、自身のうちにあるマイナス感情、破壊衝動と葛藤しながら、事件を終息に向かわせる。その後を語った続編『法廷占拠 爆弾2』(2024年)も発表されている。連続爆破事件の1年後、スズキの裁判が行われる法廷が舞台だ。遺族席にいた青年・柴咲が、密かに持ちこんだ拳銃と爆弾で法廷内の全員を人質にとった。彼は現場を支配するための暴力をためらわない。外部で捜査を指揮する警視庁特殊犯係の高東、証人として出廷し人質になった警察関係者などが、事態を打開しようとして緊張感が高まっていく。

 『爆弾』が取調室を軸にしていたのと同様に『法廷占拠』も法廷という閉域と外部の騒ぎを並行して描く。柴咲は、確定死刑囚の刑を執行せよと要求するが、真の犯行動機はなかなかわからない。スズキは人質になっても、のらりくらりとした減らず口を続け、周囲の神経を逆なでして暴力にもさらされるが、なお狡猾でしたたかだ。大事件を起こした彼にはファンがついており、彼らはのっぺらぼうの「ノッペリアンズ」と称している。前作のキーワードが続編でも活かされているわけだ。

 柴咲の要求により警察とのやりとりは、インターネットで配信される。交渉役の高東は、かけひきとして相手への理解を口にせざるをえない場面もあるが、ネット民は事情を考慮しない。犯罪者に同調したと警察を叩く。彼らもまた、無責任なのっぺらぼうなのだ。人々の無責任さを利用するという発想は『爆弾』にもあったが、『法廷占拠』ではいっそうそれが強まっている。事件の展開を予測するのは難しい。前作に匹敵するスリルとサスペンスで楽しませてくれる作品だ。

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