「運」を「実力」に変えるカードゲームの思考法 茂里憲之が語る、勝つための「センス」と「言語化」

カードゲームで本当に強くなる考え方とは?
茂里憲之『カードゲームで本当に強くなる考え方』(ちくまプリマー新書)

 デッキ(山札)を構築し、対戦相手との勝利を目指すTCG(トレーディングカードゲーム)は、日本でも幅広い展開を見せ、多くのプレイヤーを熱狂させている。しかし、本当にカードゲームで強くなるためには、何が必要なのだろうか。

 この問いに応えるのが、プロカードゲーマー・茂里憲之(もり・のりゆき)による史上初となる本格「TCG論」、『カードゲームで本当に強くなる考え方』(ちくまプリマー新書)だ。本書は「センスの磨き方」や「トレードオフの判断」といった勝利の法則を論理的に解説する。

 TCGのプロは勝利のために何を考え、どう試行錯誤しているのか。その深奥なる思考の秘密を茂里に聞いた。

カードゲームで学びの楽しさを知る

茂里憲之氏

ーー行動経済学や心理学、統計学などを使いながらカードゲームについて考える面白い内容でした。まずは茂里さんのカードゲーム遍歴と、アカデミックなバックグラウンドをそれぞれ聞かせてください。

茂里憲之(以下、茂里):子供のころは勉強をするのがあまり好きではなく、逃げるようにしてカードゲームで遊んでいました。遊戯王OCGが初めてやったゲームでした。大学浪人時代に一度引退しましたが、好きな気持ちは変わりませんでしたね。

 豊田工業大学の工学部で数学や物理を学んで、自然言語処理や機械学習の研究をしていました。ほかにも、AIの研究に必要な認知心理学、行動経済学、言語哲学といった分野を勉強していました。機械学習は人間の学習をモデルにしているので、そもそも言語とは何かを考えるためにも、ラッセルやウィトゲンシュタインといった哲学者の本を読んでいましたね。

 東京大学の大学院にも進んだのですが、本当に自分が研究したいと思える分野は見つからず、気づいたらプロカードゲーマーの道に進んでいました。勉強をするのは嫌いでしたが、学ぶことの楽しさを教えてくれたのは、カードゲームだったと思います。確率などカードゲームに関連する知識は、不思議と身につきましたし、大学で学んだことは全てカードゲームに生かされています。

ーー以前、三宅陽一郎さんにインタビューをしたときのことですが、人工知能を学ぶためにはほかに何を学んだらいいかを伺ったら、「工学」「哲学」「科学」を学んでくださいと言われたんです。「これらを学ばないと、そもそも人工知能の研究には至らないですよ」と。

茂里:三宅さんの結論と偶然一致したみたいで、とても光栄です(笑)。

ーー子供の頃から戦略的にカードをプレイしていたのでしょうか。

茂里:遊戯王OCGに夢中になった小学生の頃から、ネットで大会で結果を出したデッキを検索したり、電卓を叩いて確率を計算したりして遊んでいました。当時からカードの戦略的な話ができる友達が欲しいなと思っていましたね。

ーーMTG(マジック:ザ・ギャザリング)のプロになったきっかけと、そこからカードゲームの戦略発信という活動に注力されるようになった、核となる動機は何でしょうか?

茂里:プロを目指した理由は、もっとカードを競技としてプレイしたかったからですかね。あとは、単純にカードゲームで賞金をもらえることに魅力を感じていました。

 MTGのプロ制度(Magic Pro League)ですが、わたしが加入した時が最後のプロ制度の終わる前の年だったんです。結局、MTGのプロとして活動できたのは1年間だけで、それほど注目も集められませんでした。お金をもらったのにすぐにプロを辞めなければならず、悔しかったですね。引退したあと別のカードゲームのプロを目指すべきなのかも迷いました。

 そこで、自分がカードゲームを通して考えてきたことを、もっと多くの人に伝えようと思ったんです。文章を書くことは好きなので、ネット上でMTG論を発表していたのですが、あるとき自分の記事を読んでくれた方に「MTG論の記事、ポケカ(ポケモンカードゲーム)の参考にもなったよ」と言われたことがありました。それからは、もっと多くの人に波及させるために、わたしなりのカードゲームの考え方を「一般TCG理論」という名前で発信しています。もともと嫌いだった数学をカードゲームのおかげで好きになれたこともあり、その恩返しの気持ちも込めてTCGのおもしろさを広めているんです。

勝つためのデッキを組む「センス」

ーー『カードゲームで本当に強くなる考え方』を読んで印象的だったのが、「再現性」というキーワードでした。再現性が乏しいゲームであるにも関わらず、わたしたちは再現性を求めてプレイする、それがTCGの醍醐味であるのかなと。

茂里:「再現性」というのは、同じ条件を整えれば同じ結果が得られるという、科学的根拠の指標のひとつです。本の中では、TCGは再現性が乏しいと書きました。これをより厳密にいうなら、「TCGの戦略を立てる試行錯誤の過程は、科学実験のように再現性をもって検証することが難しい」ということになります。

 カードゲームには、デッキからカードを引く際のランダム性があるので、コインを1000回投げたら表が500回前後出る、といった話が適用しづらい。でも、その中でよりよい結果をより大きい確率で得るためには、「再現性」の概念は欠かせませんし、本当に強くなりたいなら考えるべきです。こうすれば再現性の確率は大きくなるんだと発見したときは楽しいですし、TCGを運ゲーと考えてプレイするのは勿体無いと思います。

ーー『カードゲームで本当に強くなる考え方』で紹介されている「デッキビルディング」のセンスと「プレイング」のセンスについても伺いたいです。

茂里:「デッキビルディング」、つまり山札を構築する作業というのは、使えるカードの枚数がとてつもなく多く、その組み合わせも無限大です。他方で「プレイング」は、その場の手札や盤面という限られた条件から最善の一手を選ぶので、選択肢は少ない。

 これを株の話に置き換えてみましょう。「デッキビルディング」 は、膨大なカードプールから誰も気づいていない爆発的なコンボ(大勝ちできる戦略)を発見する、ハイリスク・ハイリターンなセンスが求められます。これは、平均的な株の中から、市場を席巻するような「100倍株」を見つけ出す行為に似ています。

 一方の「プレイング」 は、目の前の手札や盤面という限られた選択肢の中で、リスクを最小限に抑え、確実な勝利を掴み取る能力です。これは、とにかく損失を避けて着実に利益を積み重ねる投資戦略に近いといえます。

ーーなるほど。それらを磨くためにはどうすればいいのでしょう?

茂里:デッキビルディングに関しては、大多数のプレイヤーが考えるようなカードの組み合わせではなく、勝つための新しいカードを見つけ、新しいデッキを作る必要があります。パッと見て強いんじゃないかって思ったカードって、大抵強くなかったりするんです。みんなが強いと言っているカードを選んでいるのでは、10パーセントで当たっても、100倍のリターンは返ってこないでしょう。だから、デッキビルディングのセンスを磨くためには、常識をとにかく疑うことが必要です。みんなが弱いと言っているカードは、実はこの場面なら強いんじゃないか、といったように例外をどんどん見つけていくことがポイントです。

 他方でプレイングについてですが、自分の中に軸を作り、それに沿って進めていくセンスになります。『カードゲームで本当に強くなる考え方』の中では「一貫性」という言葉で表現しています。時間に限りがあるゲームの中で、いかに道から外れずに大局観をもって進められるかがプレイングのセンスと言えます。

「トレードオフ」思考のできるプレイヤーを目指そう

ーーデッキビルディングにおいては、使える可能性が1パーセントでもあるカードを100枚だけ見つけておけばいい、というお話も興味深かったです。「このカードは使えるかもしれない」というアイデアは、どうやってストックすればいいのでしょうか。

茂里:たいていの人は、初めてのカードを見たとき、ひとつの軸だけで強いか弱いかの判断をしてしまいがちです。わたしの場合、新しいカードを見たときに、このカードが一番強い状況はどんな状況なのかを考えるようにしています。仮にひとつでも強くなる状況があるのなら、ストックする価値があります。カードアイデアをストックするときは、「強くなるかもしれないカード」と「絶対に強くならないカード」に分類するといいでしょう。わたしはそこから「強くなるかもしれない」状況がどれくらいの確率で起きるのかを計算します。

ーー「強くなるかもしれないカード」をどのように判断していますか。

茂里:パッと見て弱いカードでも、ほかのカードには書いていないテキストが書いてあれば、強くなる可能性があります。カードの中には、「これを使うなら、別のこのカードを使ったほうが強いよね」といった、あるカードの下位互換となるものもあります。ですが、「強くなるかもしれないカード」を記憶しておくと、大会で誰も使っていないカードが勝ったときに、自分ならこのカードで対抗する、みたいな発想もしやすくなります。

 あとは、純粋にカードを見ている時間も大事です。わたしもカードを眺めながら、弱そうなカードでおもしろいことができないかなといつも考えているので。

ーー今後の参考になります(笑)。ほかにも『カードゲームで本当に強くなる考え方』では、TCGがうまくなるためには「よい言語化」が必要だと書かれていますね。

茂里:「よい言語化」ができるプレイヤーは、すなわち「トレードオフ」の考え方ができる人です。これは何かを得るために、何かを捨てる行為のことですね。いかに不要なものを見極めて、捨てることができるかがポイントです。

 デッキビルディングで説明しましょう。例えばあなたが強いと思ったあるカードを1枚デッキに入れたいとします。しかしその代わりに、デッキ枚数のレギュレーションを守るためや、特定のカードのドロー確率を下げないために、何か1枚デッキからカードを抜かなければなりません。この判断を間違えてしまうと、対戦で勝てなくなります。あれにも勝ちたい、これにも勝ちたいとゴチャゴチャしたデッキを組むのではなく、いらないものは切ることが必要です。デッキビルディングの方針が見えてきたら、自分の中で言語化しておくといいでしょう。

カードゲームは人生の縮図である

ーーいらない情報は捨てよ、という考え方は日常生活でも実践できそうですね。

茂里:いまは生成AIに聞けば、知りたいことは大抵教わることができますし、ネットに溢れる情報を人間がすべて処理し切るのは不可能です。ある情報を読むというのは、それ以外の情報を捨てるということでもあります。情報を得ることより、捨てることの方が重要になってきている。他人に情報を伝えるときも、何でもかんでも言語化すればいいということでもありません。伝えなくていいことは捨てた方が正解だったりしますよね。

ーーこれまでお話しいただいた「センス」や「言語化」といった、ある種の能力を磨かれてきた人たちが集まる場所に属してきた茂里さんですが、それらのスキルを磨くにあたり「Magic Pro League」という特殊な環境は良い方向に作用しましたか?

茂里:本では「カードゲームの本質は『数理と心理』」の箇所で書きましたが、プロの活動を通じていろいろなプレイヤーを見てきて感じたのは、当たり前のことほど実践することが難しいということです。

 練習相手や、プロの世界で対戦する人は、カードに対して思い入れが強い人ばかりです。そんな人たちでも、信じられないようなミスをしてしまうことは多いです。プレイヤーの心理がゲームの勝敗に与える影響についてプロの世界で学ぶことができたのは、得難い経験でした。

ーーカードゲームは人生の縮図ということも本には書いてありました。

茂里:人生をカードゲームだと思うと、ひとつひとつの出来事がまるで手札のように見えてきます。例えばわたしが使える手札は、「カードゲームが強い」、「数学に強い」、「文章がうまい」などです。「もっといいカードを引けていたらなあ」と思うときも、もちろんあります。ですが、これらの手札を組み合わせて、社会でもうまく戦っていくしかないと思っています。どんな場面でも自分が持っている手札をうまく使えば勝つことができる、そんなTCG論にとどまらない人生論についてもこの本には書いたつもりです。

 幸運にも本書はいい反響をいただいているので、デッキトップもよかったし、手札もうまく使えたと思っています(笑)

ーー「売れる本を書いた」という手札も加わったいま、茂里さんの新しい目標はなんでしょう。

茂里:新しいゲームを作ってみたいですね。あとは、新しい物書きのジャンルに挑戦したいです。もう少し詳しくいうと、「飽きられるコンテンツ」を作ってみたいです。ひとが「飽きる」とはなんだろうと考えると、それは「一回遊んでみたけど、飽きてしまった」ということですよね。飽きてしまうまでに、その過程で誰もが何かしらの発見をすると思うんです。プレイに熱中して、「これ以上プレイしても運ゲーだわ」と言われるようなゲームをいつか作れたら最高ですね。

■書誌情報
『カードゲームで本当に強くなる考え方』
著者:茂里憲之
価格:990円
発売日:2025年10月8日
出版社:筑摩書房
レーベル:ちくまプリマー新書

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