『葬送のフリーレン』なぜ2020年代を象徴する傑作に? コロナ禍以降の時代にハマった「静けさ」のカウンター

10月15日発売の『週刊少年サンデー』46号に最新話が掲載された『葬送のフリーレン』は、作者・山田鐘人、作画・アベツカサの体調を鑑み、次号以降しばらくの間休載すると発表された。再開時期は誌面で告知されるという。アニメ版も好評の大人気作ゆえ、ファンの間では休載を惜しみながらも、作者らの体調を慮る声が広がっている。
2026年1月16日に開始するアニメ第2期にも期待がかかる『葬送のフリーレン』だが、なぜここまで支持される作品となったのだろうか。同作を『鬼滅の刃』や『チェンソーマン』といった『週刊少年ジャンプ』発の“覇権アニメ”に対するカウンターとして高く評価するドラマ評論家の成馬零一氏に、その革新性を聞いた。
「『葬送のフリーレン』は、日本人のほとんどが共有している『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』のようなRPGの基礎教養を前提に成り立っている漫画です。かつては時代劇が担っていた“共通の物語的教養”を、現代では『ドラクエ』のようなゲームが担っているとも言えます。だからこそ「魔王を倒した勇者一行の後日譚」と言えば、ほとんどの人がその状況を理解できるし、勇者・僧侶・戦士・魔法使いというパーティー構成も、“あるある”として共有されている。
古くは『ウィザードリィ』のような作品に始まり、日本ではRPG文化が長く蓄積されてきました。いわゆる『なろう系』の異世界転生ものなども、そうした文脈の上にある。これらは「ファンタジーのデータベース」を共有している読者に向けた作品であり、批評家の東浩紀氏が言うところの“データベース消費”的な作品と理解できます。
こうしたRPG文化を前提としたファンタジー漫画は、かつては『月刊少年エース』(KADOKAWA)や『月刊少年ガンガン』(スクウェア・エニックス)のような、ゲーム文化の流れを汲んだ少々マニアックな雑誌で掲載されていましたが、『葬送のフリーレン』は『週刊少年サンデー』(小学館)で連載されていて、いわゆるオタク文化圏にとどまらない広がりを見せている。同誌にとっても久々の大ヒット作で、新たな流れを作った作品といえるでしょう。
しかも、『進撃の巨人』や『鬼滅の刃』といった2010年代までの少年漫画とはトーンが大きく異なり、それらの作品へのカウンターとしても機能しているところが、本作の特筆すべき点です。“すべてが終わった後”から始まる静かな世界を舞台に、老成した主人公であるフリーレンを軸として、物語は淡々としたトーンで進みます。漫画には感嘆符が極端に少なく、台詞の終わりには句点が打たれていて、アニメではその「静けさ」がより際立ちました。全体として理性的かつ冷静な作品であり、コロナ禍以降の時代にぴたりとハマったのではないかと思います」
また、同作はファンの間でも大きな話題となった「断頭台のアウラ編」を経て、作品としての凄みを増したと、成馬氏は続ける。
「「断頭台のアウラ編」では、魔族という絶対に人間とは理解し合えない存在を前に、フリーレンが非常に冷徹な判断を下します。そこでフリーレンが史上もっとも多くの魔族を葬ってきた“葬送者”であったことが明らかになりました。「魔族を容赦なく殺す」という描写は、見る人によっては排外主義的にも映るし、感情のない敵との対話は、生成AIと会話をしているかのようでもあります。そして人間は、そういう存在にさえ感情移入してしまうところがある。AI的な合理性と、人間的な曖昧さ。その境界に立つ物語として『葬送のフリーレン』は非常に現代的であり、だからこそ危うさも孕んでいる作品といえます。絶対にわかり合えない魔族という存在の登場によって、王道RPGのパロディ的な作品から、真にオリジナリティのある作品になったのではないでしょうか」
原作コミックの9巻から描かれる「黄金郷のマハト編」は、本作のなかでも屈指のエピソードだと評されており、アニメ第2期での映像化も期待されているが、一方で週刊連載への負荷が高まっているのではないかと、成馬氏は危惧する。
「人間と魔族との関係性にさらに肉薄した「黄金郷のマハト編」は、『HUNTER×HUNTER』の「キメラアント編」に匹敵するほどの強度を持ったエピソードで、本作を傑作たらしめたと思います。ただ、連載初期の軽やかさから一転して、描かれるテーマの水準がどんどん高くなっており、作り手には強い負荷がかかっているのではないかとも感じています。国家や宗教といった大きなテーマまで描かれ始めているし、フリーレンには“信頼できない語り手”のようなところもあって、本当に魔王が死んだのかさえ疑わしいです。現在の旅を描きながら、かつての旅の模様を振り返るという二重構造の物語は、読者を引き込む上で効果的ですが、掘り下げようと思えばいくらでも掘り下げられてしまうため、果たしてどこまで描ききれるのか。今回の休載は残念ですが、“続きは必ず面白くなる”という確信も同時に強まっているので、作品の体力を保つための英断と受け止めたいです」
一見するとRPG的なテンプレートに則っているように見えて、随所に工夫を凝らすことによって「コピーからオリジナリティへ」を実現している『葬送のフリーレン』。まずはアニメ第2期でその「静かな」作風がどのように深化しているのかを楽しみに待ちたい。

























