アガサ・クリスティーの古典的名作を現代的に調理 ピーター・スワンソン『9人はなぜ殺される』が導く驚くべき結末

スワンソン『9人はなぜ殺される』レビュー

謎のリストに掲載された者が1人ずつ始末される

ピーター・スワンソン『9人はなぜ殺される』(務台夏子訳、創元推理文庫)

 先の読めない展開を用意して、読者を暗中模索と五里霧中の混沌に叩き込む。しかもその混沌は、必ずミステリ的には綺麗に収束するのである。そんなサスペンス/スリラーを連発しているスワンソンが2022年に出したNine Livesの全訳が、この『9人はなぜ殺される』だ。今回もまた、予測不能の強烈な作品に仕上がっている。

 まず起きる事件が奇抜である。アメリカ各地に住む9人に、自分の名前を含む9人の名前が書かれたリストが郵送されてくる。名前以外は他に何も書かれていないし、自分以外の名前も見覚えがないものなので、各人はリストの意味がわからない。気持ち悪いが、それ以上に実害があるようにも思えないので、9人は基本的に何も対処せず。それぞれの日常を継続する。9人は世代や性別が異なるし、職業もサラリーマン、俳優、ミュージシャン、実業家、学者、ほぼ犯罪者etc.と多様だ。読者から見ても、これといった共通点はなさそうである。

 序盤の物語は、彼らの生活や性格を淡々と素描し、リストの存在が醸し出す嫌な予感を除くと、穏健穏当な群像劇として進む。しかし50ページを過ぎる辺りで、事態は急展する。9人のうち1人が唐突に襲われて殺されてしまうのだ。そう、本書で起きる事件は、謎のリストに掲載された者が1人ずつ殺されていく連続殺人なのである。しかもあちこちで意外な出来事が発生したり判明したりして、展開や真相を正しく予測することはほぼ不可能である。本書の魅力は、そしてピーター・スワンソン最大の魅力は、読者を振り回して止まない、この展開の意外性なのだが、具体的に紹介するのはネタばらしになるので、こういうレビューの場ではほとんど何も書けない。また、最後に明かされる驚くべき真相は、この真相からよくこんな変な話にしたなと感心させられたが、当然真相を紹介するわけにいかない。つくづく、書評家泣かせの作家であり作品である。

 ということで、以降は未読者に知られても良い事項のみを書くことにする。先ほど人が「唐突に」殺されると書いたが、この「唐突に」は大袈裟ではない。普段通りの生活を送って、日常の範囲内の物思いに沈んでいた人物が、突然、前触れもなく、出し抜けに殺されるのである。最初の殺人における、被害者視点で描かれる最期の瞬間を読むと、本人もわけがわからないまま死んでいるのが如実に見て取れる。この唐突感は、本書で起きる殺人のほぼ全てに共通している。理不尽としか言いようがない衝撃的な死が随所で突発することは、サスペンスとしてのこの小説に、明確な隈取りを施している。物語の像が、キュッと締まるのである。

クリスティー作品へのオマージュ

 リストの9人の中に、FBIの捜査官がいるというのも重要な設定である。リストの9人は境遇も住んでいる場所もバラバラだし、お互い名前も知らない。よってこのままだと、世間や警察が、一連の彼らの死を連続殺人だと気付くことはないか、気付くのが相当遅れる。しかし、全米の事件情報にアクセスできるFBI捜査官ジェシカ・ウィンズロウがリストの当事者になることにより、ジェシカとFBIは、連続殺人が発生していることに早々に気が付く。彼らはまず、リスト記載の人物を全米から探し出そうとすると共に、実行されてしまった各殺人については、連続殺人との前提で捜査することになるのだ。これにより、物語にはFBIによる捜査という軸が形成され、物語全体を貫く太い幹となる。つまり、被害者(候補)たちによる群像劇に加えて、本書は意外と真っ当な捜査小説の性格も帯びる。この二つの性格により、物語の振幅は一層大きくなって、読者の関心を惹きつけるわけである。

 もう一つ、『9人はなぜ殺される』が、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』と『ABC殺人事件』から着想を得ていることには、触れざるを得ない。スワンソンの作品は、多くが何らかの形で古典ミステリのオマージュとなっているが、今回は超有名なこの2作だったわけである。

 相互に関係がなさそうな主要登場人物が次々に殺されていく点では『そして誰もいなくなった』を、何らかのルールに基づいて被害者が選定されていることが予め示されている点では『ABC殺人事件』を、それぞれ明らかに意識している。ただし、これら古典2作については、コンセプトやアイデアをそのまま援用するのではなく、変容に変容を重ねて原型から相当離れたヴァリエーションとして作品に落とし込んでいるのが素晴らしい。『そして誰もいなくなった』とは異なり誰もクローズド・サークルに行かないし、『ABC殺人事件』とは異なり殺される順序のルールそのものを解くべき謎とした。

 過去の作品に敬意を払いつつも、必ず自己流かつ現代的に調理するのは、スワンソンの矜持の表れである。今回も、「この名作をこう料理するのか」との驚きがある。クリスティーのファンや、ミステリのマニアにとって、この観点からの読解も楽しいはずだ。なお作中では、『そして誰もいなくなった』と『ABC殺人事件』がネタバレありで言及されるので、この2作を未読の方はご注意願いたい。

■書誌情報
『9人はなぜ殺される』(創元推理文庫)
著者:ピーター・スワンソン
訳者:務台夏子
価格:1,320円
発売日:2025年6月27日
出版社:東京創元社

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