ウエンツ瑛士「相手を理解するために、まず自分を知ろう」 『ライオンのくにのネズミ』が教えてくれる、わかりあうためのヒント


『ライオンのくにのネズミ』(中央公論新社)は、ドイツ在住のイラストレーター、さかとくみ雪の絵本作品だ。家庭の事情でライオンのくにへ引っ越しをすることになったネズミの家族。転校先の学校で、言葉も体格も違うライオンたちと、主人公のネズミはなかなか打ち解けられずにいた。ある日、学校でサッカー教室が開かれることになりーー。
本書は、「書店員が選ぶ絵本新人賞2024」の大賞を受賞し、「第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書(低学年の部)」にも選ばれた。「優しさと勇気」をテーマにした物語であると同時に、「国際理解教育」の教材としても読める一冊だ。
俳優として活躍するウエンツ瑛士は、8年前に単身ロンドンへ渡り、演劇と語学に打ち込んだ。異国での生活は、言葉や文化の違いを乗り越える苦しい試練だったという。そんな彼が「今の日本でこそ読まれるべき」と語るのが『ライオンのくにのネズミ』だ。
いま、日本が異文化との共生を模索する中で、この作品はどのような光を放つのか。言語や文化の壁を乗り越えてきたウエンツに、作品が持つ力、そして誰かとわかりあうためのヒントについて聞いた。
相手を知るには、自分を知ることが大事
ーー『ライオンのくにのネズミ』を読んでみていかがでしたか。
ウエンツ瑛士(以下、ウエンツ):ぼくが小さい頃は、こういった学びのきっかけとなる絵本をあまり読んだことがなかったので、とても驚きました。いまの小学校低学年の子供たちは、絵本を通して、人との違いや異文化交流について学んでいるんですね。
ーー主人公のネズミくんは、お父さんの都合でライオンのくにへ引っ越しをしますが、転校先でライオンの言葉がわからず、心細さをおぼえます。
ウエンツ:ぼくも2018年に、演劇の勉強をするためイギリスに1年半ほど留学をしました。ネズミくんの入学シーンは、まるで自分の体験を思い出すようでしたね。ロンドンについた初日から困難の連続で、学校の入学手続きですら簡単ではありませんでしたから。
ーー絵本を読んで、ほかに共感した部分はありますか。
ウエンツ:ネズミくんとライオンくんが登場することで、キャラクター同士の力関係が、子供にも直感的に伝わるように描かれていますね。ネズミくんがお弁当を食べているとき、ライオンくんにガオー! とライオン語で話しかけられ、すっかり萎縮してしまいますが、こういったことは誰しも経験したことがあると思います。つまり、自分がマイノリティになったとき、マジョリティが大きい存在に見えてしまうようなことです。
ぼくの場合、日本にいた頃からどちらかといえばマイノリティに属していたので、少数派が感じる孤独感には、留学する前から多少慣れてはいました。ですが、いざイギリスに着いたときは「ああ、またイチから人間関係をつくらないといけないんだな」という思いでした。
それは大変なことでしたが、同時に楽しみでもありました。留学中は一日が終わってベッドで眠るたびに達成感があって、「今日も一日やり切ったな」と思いながら過ごす日々はとても幸せでしたね。
ーーイギリスでは人間関係をどうやってつくり上げていきましたか。
ウエンツ:ぼくはネズミくんと違って、自分の意思で海外に行ったわけなので、「来るんじゃなかったな」なんて言い訳はできません。まずは自分に近い人から知り合いになる努力をしましたね。イギリスにもアジア系の人はたくさんいますから、そういった人たちとまずは仲良くなるようにしました。
ーー異なる母語を持つ人たちと理解し合うために、ウエンツさんが努力したことは何でしょう。
ウエンツ:相手のことを理解しようとすることはもちろん大切だと思います。ですが、同じくらい大切なことがあります。それは、自分について知ることです。
いくら相手の国のことを勉強していても、自分の国のことを知らなければ、なかなか相手との距離は縮まりません。日本の習慣、文化、歴史を知ることで、結果的に他国の人との違いがわかりやすくなります。なので、留学中は「向こうから自分はどう見えているんだろう」と考えることが多く、心を見直すきっかけにもなりました。まずは日本について学び、自己紹介がキッチリできること、それが相手を理解するのにいちばんの近道だと思います。
ーー絵本でも、ネズミくんにとって威圧的に見えていたライオンくんが、実はこう思っていたんだとわかる瞬間があります。
ウエンツ:ひとは苦しみや悩みにとらわれてしまうとき、自分だけしか見えなくなってしまうものですよね。相手にとって、自分はどういうふうに見えているんだろう? そういった想像力を働かせるためにも、相手のことを色眼鏡で見過ぎないことが大事だと思います。
日本はいま、異文化と向き合う大切な時期を迎えている
ーーネズミくんはリスの女の子と友達になりますが、ある日サッカーの授業でその女の子が失敗したのをライオンたちに笑われてしまいます。
ウエンツ:ネズミくんは堪らず「リスをわらうな!」と叫んでいましたね。留学先のロンドンでは、ヨーロッパの人たち同士が、少し熱くなって言い合いをしている場面も見かけました。ですが、ぼくがアジアの国の人と議論するとき、声を荒げるようなことはほとんどありませんでした。
ーーそれはなぜだと思いますか。
ウエンツ:英語という使い慣れた言語を共有していると、どうしても感情が先に立ってしまうのではないでしょうか。ぼくがアジア人の留学生たちと冷静に話すことができたのは、ぼくたちが共通の言語をもっておらず、誰の母国語でもない英語を使って話す必要があったからだと思います。
たとえば歴史についてアジア人同士で話すとき、それぞれの国で学んできたことが食い違うことがあります。言い合いに発展するかと思いきや、「あの歴史用語を、英語ではどのように表現するんだろう」といったように、すごく考えながら話すことになります。すると、普段の会話とは別の英語を使う必要が出てきます。頭の中でフレーズを練り、ひと呼吸置いてからお互い話すので、心は熱くなりますが、思いのほか建設的な議論ができました。
ーーそれはおもしろい発見ですね。しかし、ときにライオンくんのように、誰しも無意識に相手を威圧してしまうときもあるかと思います。
ウエンツ:話す言葉の強さが知らないうちに増していってしまうことってありますよね。そうならないために、ぼくは日本にいるときは自分の年齢を意識しています。歳を重ねると、自分の年齢がときどきわからなくなって、気づかないうちに若い人に横柄な態度をとってしまう。「年齢の上下なんて関係ないよ」と芸能の世界では言われたりしますが、自分の年齢を意識しておくと、言葉のコントロールって自然にしやすくなります。
ーーコロナ禍も明けて、日本でも外国人観光客の方が増えてきています。
ウエンツ:いま日本人は、異文化をどう受け入れていくか、という大きな転換期をむかえているとも言えますよね。自分目線で考えず、相手はどう思っているかを考えて行動することが求められているのかもしれません。
子供向けの絵本だと、あなどるなかれ
ーー『ライオンのくにのネズミ』は、子供たちにどんな力を与えると思いますか。
ウエンツ:この絵本は見知らぬ土地での交流を描いていますが、同じ日本人同士で悩んでいる子供たちにも、ヒントを与えてくれる作品だと思います。
そして、ネズミくんのように悩んでいる子供たちだけではなく、悩んでいない子供たちがこの絵本を手に取ったときに何を思うのかも重要ですよね。「周りに困っている子がいないかな」「知らないうちに誰かを傷つけていないかな」という視点を与えてくれるのではないでしょうか。
また、この絵本は大人の方が読むことで受け取ることができるメッセージも多いと思います。子供の心に残る作品は、大人の心にも残るものです。子供向けの絵本だと思わず、親世代の方にも「あなどるなかれ」という気持ちで読んでみていただきたいです。
ーーネズミくんのように、気持ちが小さくなってしまっている子供にかけてあげたい言葉はありますか。
ウエンツ:きみは強い存在なんだよ、と声をかけてあげたいですね。まずは自分自身のことをちゃんとリスペクトしてほしい。そうしないと、相手のことをリスペクトすることはできないからです。
あとは、自分が悩んでいること、困っていることというのは、みんな一緒のものを抱えているんだよ、ということをこの絵本を通して学んでほしいです。自分だけじゃなく、周りのみんなも同じ苦しみを持っているんだということがわかるだけで、少し気持ちが楽になると思います。つらいことって、なかなか人に共有できないですからね。「今日はうまくいかなかったな」「お友達とうまく喋れなかったな」と思っても、同じことを周りの子も思ってるから、そこは心配しないで、前向きに行動してもらえたらと思います。
自分の存在が大きいとか小さいとか関係はなく、言葉や人種だって関係ありません。人は人でしかありませんから。もちろん日本人同士だってそうです。自分が地に足をつけて立てている、ということを認めてあげるだけで、相手への不安や敵意は自然と薄まっていくと思います。留学初日の自分にも、そう言ってあげたいですね。
■書誌情報
『ライオンのくにのネズミ』
著者:さかとくみ雪
価格:1,760円
発売日:2024年11月7日
出版社:中央公論新社




























