「ティラノサウルスは絶滅したままでいい(笑)」 ダイナソー小林に聞く“超肉食恐竜”の恐るべき戦闘能力

ダイナソー小林に聞く“超肉食恐竜”の魅力
小林快次『ティラノサウルス解体新書』(講談社)

 子供たちが一度は憧れる恐竜。トリケラトプス、アンキロサウルス、ステゴサウルス……など多くの仲間がいるが、不動の人気を誇るのがティラノサウルスである。恐竜図鑑の表紙を飾ることも多いティラノサウルス、その迫力ある姿はゲームのモンスターなどに与えた影響も大きいだろう。まさに、恐竜のシンボル的な存在と言っていい。

 ティラノサウルスといえば獰猛で強い地上最強の恐竜、というイメージがあるものの、いかなる生態をもつ恐竜なのかまで深く知る人は少ないはずだ。何かとイメージだけで語られがちなティラノサウルスについて深堀りした、決定版と言える書籍が『ティラノサウルス解体新書』(小林快次/著、講談社/刊)である。

 小林氏によると、ティラノサウルスはまだまだ謎が多い恐竜なのだという。その一方で研究者の間からも人気が高いゆえ、新発見が相次ぎ、人々を惹きつけてやまないのである。恐竜ファンの間では“ダイナソー小林”の異名をとる小林氏が、ティラノサウルスと恐竜の魅力について、ざっくばらんに語ってくれた。聞き手は、フリーアナウンサーの赤井麻衣子氏。

【ダイナソー小林が教える】最強の恐竜「ティラノサウルス」のすべて/何種類いた?/一軍・二軍・三軍/化石の判別方法/すごい特徴・能力/勝てる恐竜はいたか…恐竜学者・小林快次#1【BLUE BACKS+】

ティラノサウルスは研究者からも人気

ーー『ティラノサウルス解体新書』は、ティラノサウルスについてあらゆる話題がまとめられた一冊です。

小林:恐竜好きの子供たちはティラノサウルスが大好きですが、それは研究者も同様です。多くの研究者が取り扱うので、新しい研究結果が毎年のように出てきます。そんな恐竜のシンボルについて深く知ってもらいたくて、本書を書きました。恐竜研究の最前線を知りたければ、ティラノサウルスを知るのがいちばん手っ取り早いのです。

――ちなみに小林先生は、ティラノサウルスはお好きですか。

小林:まあまあです(笑)。僕はいつも「今研究している恐竜が好き」と言っています。すなわち、新種として名前をつけようとしている恐竜がいちばん好きなので、その時々で変わってしまうんですよ。

――ティラノサウルスと言うと、“強い”とか“怖い”というイメージがあります。

小林:タイムマシンがあったら恐竜時代に行って、ティラノサウルスに会いたい……と話す人がいますが、とんでもない、絶対に会っちゃいけません(笑)。肉食恐竜のなかでもとりわけ強い恐竜ですからね。非常に獰猛な性格で、強力な武器を備えていますから、会った瞬間に骨ごと食べられちゃう。興味があっても、決して近づいてはいけない存在なのです。

 ティラノサウルスが子供たちと一緒にいるとき、足元で転がれば逃げられるという話もあります。しかし、子供たちも凶暴ですし、チームワークで襲ってくるので弱点はないと言っていいかもしれません。そんな獰猛な恐竜が復活したら、大変なことですよ。ティラノサウルスは絶滅したままでいいと思います(笑)。

ティラノサウルスにも種類がある

――本のなかではティラノサウルスの仲間を1、2、3軍と紹介していますが、種類がこんなにいることに驚きました。

小林:この本が出た時は18種類ということで書いていますが、その後も新種が発見されているので名前のついているものが20種類くらいいます。ティラノサウルスが生息していた時代が長く続いたなかで20種類ですから、個人的には少ない印象です。今後、名前がつく新種が見つかると思いますが、まだまだ土のなかには見つけないといけない化石が眠っているとみています。

 恐竜は爬虫類ですが、獣脚類という一般的に肉食が多い種類のなかに、さらにティラノサウルス類というグループがあります。読者のみなさんにティラノサウルス類の関係性を理解してもらうにはどうすればいいかなと考え、体が小さくて上位にいけない3軍、強くなったのが2軍、天下を取るスター軍団が1軍という具合に分けてみました。

――恐竜は化石で発見されますが、種を同定するうえではどんな部分を見るのですか。

小林:実は、分類のカギになるのは歯の形なのです。ティラノサウルスは、歯の断面を見た時にD字型をしていて、前歯が半円形になっています。他の恐竜にはそういった特徴は見られません。博物館で骨格を見て、前歯がD字型だなと思ったらティラノサウルスと考えていいと思います。歯は食べることに使いますから、すごく大事なパーツなんですよ。

 ティラノサウルスはいろいろな装備を持っています。獲物を見つけたら追いかけて仕留め、食べた後に消化しやすい内臓があります。特に、獲物を見つける武器は発達しています。獲物を探すために嗅覚が優れていて、遠くにいても、隠れていても、草陰や暗闇でも匂いをもとに見つけてしまう。戦闘能力が高いだけでなく、傑出した感知能力をもっています。

――ティラノサウルスの骨格は迫力がありますが、同時に美しさもあります。

小林:長い時間を経て、獲物を捕らえるために体が進化していきました。恐竜は特定の目的に特化した体をしていて、それこそが自然が作った究極の造形ですね。ティラノサウルスの体といえば、最近は羽毛が生えていたのでは、という説が話題になりました。体の一部にはうろこがあったこともわかっていますが、ティラノサウルスの祖先には羽毛が生えていたので、羽毛があった可能性は十分にあるでしょう。ただ、わさっと生えていたのではなく、毛がちょこちょこ生えていた程度かもしれません。いずれにせよ、論争の中で決着がついたわけではありません。

発掘こそが恐竜研究の醍醐味

――恐竜の全容を明らかにするためには、発掘調査が欠かせません。

小林:恐竜の研究では発掘がいちばん楽しいですね。化石を探しに行くだけでワクワクします。僕は、モンゴルとアラスカで昔から発掘をしています。モンゴルは1996年から、アラスカは2007年からで、自分が求めているテーマに合った場所を選んでいます。発掘は出るか出ないかわからないから、楽しいのです。

 例えば、モンゴルの発掘地は中国との国境まで20キロの地点で、行きづらいからこそ、宝があるはずだと思って行きました。また僕は、東アジアの恐竜がどこからやってきたのかに関心があります。日本は島国ですが、モンゴルは内陸なので、日本とどんな違いがあるのかを明らかにしたいですね。

 北米大陸のアラスカにも行ったことがあります。日本の札幌に近い気候で、恐竜は越冬できたのか……などの関心をもって行きました。アラスカでは発掘が盛んなので、アラスカで得られる情報から恐竜がどうやって北米大陸に渡ってきたのかがわかるんですよ。

――発掘には何を持っていくのですか。

小林:アラスカは水対策が必須です。あとは、グリズリー(ハイイログマ)と鉢合わせしたときに襲われないための準備も必要です。モンゴルは砂漠ですから、乾燥や砂対策が欠かせない。モンゴルにカメラを持っていくと気候の影響で壊れますし、物凄くハエが出るんですよ。目に卵を産んでいくので、目からウジ虫が出てきます。場所によっていろいろな対策が必要ですね。

 荷物も、アラスカとモンゴルでは違います。調査地に合わせた衣類やテントも持参しますし、化石を掘るためのハンマーは重要です。ユンボや削岩機も使いますが、基本的にはハンマーですね。化石の発掘やクリーニングは、歯石を取るときに使うデンタルピックのようなものを使い、地道に行います。発掘はインディ・ジョーンズのような派手なものではなく、地味な作業が多いのですが、楽しいですよ。

――小林先生は子供の頃から発掘が好きだったのですか。

小林:中学校の時から好きでしたよ。恐竜やアンモナイトのように、何億年前の化石を見つけると、好きな時代にタイムスリップができます。僕は福井県の出身なのですが、福井県は恐竜だけでなく、いろいろな化石が出てくるのです。化石について調べ、タイムスリップするのが本当に楽しいんですよ。

 福井県という環境からは大きな影響を受けていると思います。日本全国に化石が出る地域はあるのですが、福井県は古生代、中生代、新生代……とあらゆる時代の化石が、あちこちから出てくるのです。しかも、県の面積もそれほど大きくないので、車で1~2時間かければ目的の場所まで行けるのが強味でした。

ティラノサウルスは“超肉食恐竜”だ

――小林先生はティラノサウルスを“超肉食恐竜”と呼んでいます。

小林:恐竜ファンなら、肉食恐竜と聞くと、アロサウルス、ギガノトサウルスなどの凶暴な恐竜を思い浮かべるでしょう。しかし、彼らは匂いを感知する嗅覚は普通です。一方で、ティラノサウルスは嗅覚などの感知能力が、他よりも圧倒的に優れています。獲物を捕らえやすいように目が前を向いていたり、噛む力も他の肉食恐竜は比べ物にならないほど強いので、“超肉食恐竜”なのです。

――どんなものを食べていたのですか。

小林:卵から生まれたときは1mくらいで、成長するにつれ体が巨大になりますが、成長に合わせて食べ物を変えていきました。子供は小さい恐竜を食べ、大きくなると全長が9mにもなるトリケラトプスなどを襲って食べたと考えられます。ティラノサウルスは家族で生活していて、子供たちは足が速かった。そこで、子供たちが獲物を弱らせ、噛む力が強い大人が出てきてとどめを刺す。家族の連係プレーで獲物を仕留めていたといわれています。

 そう聞くと、恐竜はコミュニケーションをとっていたのかと驚くかもしれません。人間レベルのコミュニケーションは難しいと思いますが、どんな動物だってコミュニケーションを取っていますよね。生物が共同で生活するのは、太古の昔からいろいろな動物でみられたことでした。ティラノサウルスがそうであっても、おかしくありません。

――ティラノサウルスは獲物を捕るために様々な手段で戦うのですね。

小林:戦っている状態で化石になったティラノサウルスが、北米で見つかっています。ティラノサウルスとトリケラトプスが、同じ場所から出てきたのです。ティラノサウルスは色々な獲物を食べる凶暴な恐竜ですし、ティラノサウルスの骨にティラノサウルスの噛み跡が見つかった例もあります。いわゆる共食いだったと見られていて、たしかにそういった行動を取った可能性はある。また、顔に傷がついている化石も見つかっています。これは縄張り争いやパートナーを勝ち取るための戦いの跡でしょう。恐竜の化石は、ある程度成長したところで傷が増えているので、縄張りの主として戦った証しといえます。

日本から新種のティラノサウルスが見つかるかも

――日本でもティラノサウルスの化石が見つかっています。今後、新しい発見はありそうでしょうか。

小林:この本を読んでいただくとわかりますが、日本ではいろいろなところからティラノサウルスの化石が出ています。3軍なら福井県や兵庫県、2軍は北海道、1軍は長崎県などで、まだ名前はついていません。これからどんどん発見が続けば、日本から新種のティラノサウルスが見つかるかもしれませんね。

――小林先生が発見した恐竜もいますね。名前はどうやってつけるのですか。

小林:自分が研究した、まさに子供のような存在ですから、名前は一生懸命考えてつけますよ。発見された時期のトレンドなどもあります。“カムイサウルス”は私が名前をつけました。北海道で発見されたので、アイヌ語の神を意味する“カムイ”をつけて、“日本の竜の神”を意味する名前にしました。当時は世界的にも、神様の名前をつける風潮があったんですよね。

――小林先生の子供時代と現代とでは、恐竜ファンの雰囲気などに違いはありますか。

小林:特に思うことなのですが、最近は女の子のファンが増えている印象です。以前なら、恐竜は男の子の趣味と思われていましたから。性別に関係なくファンが増えているのは大きな変化だし、よいことだと思います。

 実際、恐竜のファンの総数も増えていると思います。福井県立大学、岡山理科大学、北海道大学のように、恐竜を研究する教育機関も増加してきました。研究者も多くなっていますし、どんどん裾野が広がっていると感じます。今後、恐竜研究の底上げがなされ、世界をリードする研究が生まれてくるといいなと願っています。

――最後に、『ティラノサウルス解体新書』のおすすめポイントを教えてください。

小林:タイトルの通り“解体新書”なので、いろんな角度、いろんな方面から見たティラノサウルスの魅力が紹介されています。全部一気に読むのはなかなか大変ですし、難しいので、読めるところや興味あるところから読んでみてください。

 もちろん、すべて読めばティラノサウルスのことをより深く理解できるでしょう。初心者から上級者までおすすめです。この本を読み終えた後は、あなたが抱くティラノサウルスのイメージが変わるかもしれません。

■書誌情報
『ティラノサウルス解体新書』(講談社)
著者:小林快次
価格:1,870円
発売日:2023年4月1日
出版社:講談社

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