『タコピーの原罪』が挑んだ『ドラえもん』の再解釈 寄り添うことは救済になり得るのか

『タコピー』が挑んだ『ドラえもん』再解釈

 いじめや家庭問題といった衝撃的な展開がSNS中心に話題を呼んだ『タコピーの原罪』(集英社)。本作は「少年ジャンプ+」連載当時、閲覧数の最高記録を樹立。単行本は全2巻ながら累計発行部数145万部を突破し、6月28日~8月2日まで全6話で放送されたアニメも、大きな話題を呼んでいた。

 物語は、ハッピー星人のタコピーが地球で出会った少女・しずかちゃんを助けるべく、様々なハッピーアイテムで奮闘する――この展開は明らかに『ドラえもん』を意識した構成であり、タコピーもドラえもんも現実世界には存在しない道具を使って困っている少年少女を救おうとする点で共通している。実際、作者のタイザン5自身、「陰湿なドラえもんをやりたい」という発想が出発点だったと語っており、ただの模倣ではなく、現代的な陰影やリアリティを持たせた意図があることがうかがえる。

 しかし、救済される対象であるしずかちゃんは、のび太とは似て非なる存在だ。のび太は一方的にいじめられている優しい心の持ち主だが、本作のしずかちゃんは唯一の心の支えだった愛犬のチャッピーがいなくなったことで性格が豹変してしまう。彼女をいじめるまりなもまた、様々な暴力の被害者である。

 いじめと聞くと反射的に被害者側に立った見方をしがちだ。しかし、被害者が必ずしも心優しい人物とは限らず、場合によっては加害者よりも残酷な一面を持つこともあり、同時に残酷な心を持つ人でもある瞬間には心優しい振る舞いで他者を慰めることができる。本作は、わかりやすい善悪の対立軸によって支えられた『ドラえもん』に対して、加害者と被害者の背景が見方によって替わる混沌とした現実を描き出す。

 タコピーは無知で無垢、能天気で頼りになる存在ではない。道具を使っても問題を根本的には解決できないが、それでもしずかちゃんに寄り添い続ける。つまりそれは読者も自らタコピーになり得るということを示唆しており、本作が海外でも高く評価されたのは「そばにいてあげること、それ自体が救済になる」というテーマが国境や文化を越えて共感されたからだろう。その意味では、ドラえもんの道具による安易な救済をあえて否定しているようにも見える。

 そんな折、タイザン5の新作読切『ファイティングガールズ』が8月18日に「ジャンプ+」にて配信された。タイトル通り、戦う女子たちの物語で、空手を中心としたスポ根マンガとして描かれる。序盤は過去を振り返る描写もありつつ、中盤以降は登場人物のコンプレックスや互いに支え合っていた関係が明らかになる構成が秀逸だ。最初は主人公の視点のみで描かれるが、後半でライバル視点も加わり、家庭事情の描写など、タコピーの原罪と共通する手法も見られた。こちらも是非チェックしていただきたい。

 『タコピーの原罪』は単なる善意やヒューマニズムを肯定するだけでなく、毒親問題や孤独からの他者への依存など現代の子どもたちのリアルな苦悩に寄り添う物語でもある。現実にはドラえもんやしずかちゃんのような理想的な存在はいないのだ。

 心を救うということは、道具一つで簡単に解決できる話ではないが、理解してあげようとすることは誰にでもできる――そして、その小さな一歩こそが、世界を少しだけでも優しく変える力になるのだと、本作は『ドラえもん』の“再解釈”として訴えかけているように思う。

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