『Fallout4』にラヴクラフト……蒼月海里の創作の源とは? 『星空都市リンネの旅路』刊行記念インタビュー

「幽落町おばけ駄菓子屋」や「咎人の刻印」などの人気シリーズを手掛ける小説家・蒼月海里が、自身初となる本格SF小説『星空都市リンネの旅路』を上梓する。デビューから10年余が過ぎ、何を思い新たな挑戦に臨んだのだろうか。デビュー前の話から創作の源泉まで、話を聞いた。
企画段階で敬遠されること多かった「本格SF」への挑戦
――巨大隕石の墜落によって崩壊した惑星《エリュシオン》を調査するため、《エリュシオン》の低軌道上にある星空都市から派遣された、リンネとキリという二人の少年の旅物語。『星空都市リンネの旅路』は、蒼月さんにとって初の本格SF小説です。

蒼月海里(以下、蒼月):ポスト・アポカリプス(終末モノ)が好きで、ずっと書きたいと思っていたのですが、企画段階で「SFはちょっと……」と跳ねられてしまうことが多くて。『要塞都市アルカのキセキ』のように、男子高生が異世界に飛ばされたり、『終末惑星ふたり旅』のように竜をめぐる女子バディものにしたり、終末世界の設定を生かしたファンタジーという体裁をとるようにしていたんです。でも本当は、文明のなりたちを研究したり、崩壊の原因を分析したり、より科学的な視点をくわえた小説を書いてみたかった。マイナビ出版さんがはじめて「SFでもいいよ」とおっしゃってくれたので、心の底から書きたかったものを思う存分つめこんだのが今作です。
――そもそもどうして、ポスト・アポカリプスに惹かれるんですか?
蒼月:明確なきっかけは『Fallout4』というゲームでした。約200年ものあいだ冷凍冬眠していた主人公が、核爆発で荒廃した世界を、パートナーを殺して我が子を連れ去った男たちを追うために生き抜いていくという、戦闘がメインの物語なのですが、私がいちばん好きだったのは、旅の途中で出会った集落を簒奪者から守り、復興を手助けするというパート。ストーリーそっちのけでインフラをととのえたり建築したりしていたのは、何もかも失われたはずの世界で、それでも希望を失わずに生きようとする人たちのたくましさに心を奪われたからなんです。

――リンネとキリが旅の途中でさまざまな集落と文化に出会う、というストーリーラインもそこから生まれているんですね。
蒼月:そうなんです。無政府状態だから、秩序を守るためには自分たちで規律をつくり、そこにあるものを守っていかなければならない。古いものを引き継ぎながら、新しい文明が生まれようとしている萌芽が、きっといろんな地で生まれているはず。だとすれば、多様な文化に根差した物語を詰め込むこともできる、という自由さにも心惹かれました。廃墟の静けさに触れると心が穏やかになるから好き、という個人的な趣味もありますけどね。植物が苦手なので、実際に廃墟に足を踏み入れることはできないのですが。
――植物の、どういうところが苦手なんですか?
蒼月:それが、自分でもよくわからないんですよね。幼児のころ、植物園に連れていかれたときは、わけもわからず怖くなってギャン泣きしたくらい、本能的にぞっとするものがあるんです。生き物のように見えるのに動物とはまた違う、曖昧な命の感覚が怖いんじゃないのかなあ……。動物なら、頭部を失ったら即死だけど、植物はその身のどこを切り取られても、血を流すことなく生き続けるじゃないですか。恐怖というよりは、畏怖に近い気もしますし、あまりに理由がはっきりとしないから、前世の因縁かと思ったりもするんですけど(笑)。
――命を感じると怖い、というのは作中にもちらりと描かれていますね。星空都市では合成肉が主流なので、《エリュシオン》で初めてリンネが熊肉を食べて、死してなお強すぎる生命力におののいている場面は印象的でした。
蒼月:私自身は、キリと同様、命を噛みしめて食べると力がわくタイプですが(笑)、生まれ育った文化背景によって、命に対する向き合い方は違うだろうな、と思いながら書いていました。星空都市には屠畜場がなく、畜産業自体が存在していないので、おいしいかおいしくないか以前に、リンネは生理的に獣肉を受けいれられないだろうなと。
――どんなに安全を保障されても、海外の方の多くが生卵や生肉を食べられないのと同じですね。
蒼月:そこに、星空都市の生粋住人であるリンネと、《エリュシオン》からの移住者であるキリの対比も浮かび上がるんじゃないかなと思いました。二人のかけあいによって物語を運んでいくため、生まれ育ちも性格も対照的にしよう、くらいのつもりで設定していたのですが、書き進めるうちに思っていた以上に個性が育って、物語にも躍動感が生まれてくれたので、嬉しいです。肉のシーンは、書いていても楽しかった(笑)。

オカルト好きは幼少期の臨死体験に学生時代に出会った怪奇現象?
――リンネと違って、過酷な環境を生き延びた末に星空都市にたどりついたキリは、《エリュシオン》の現状に触れて「どんな悲劇が起きようと、その土地に残り続けることはない……」とつぶやきます。それは、先ほどおっしゃった、人々の生きるたくましさであると同時に、悲劇が「なかったこと」になっている悲しみでもあり、重い言葉だなと思いました。
蒼月:だからこそ、語り継ぐ人が必要なんですよね。私は妖怪や幽霊といったオカルトや神話に触れるのが好きなのですが、因果を説明することのできない自然界の現象を説明するために彼らは存在しているんだろうなと思うんです。現実には見ることも触れることもできない、物理的には存在しない彼らを概念として確立させたい、私たちが「居る」と認知しているのであればそれは確かに「在る」のだということを証明したくて、小説を書いているところもあるんです。亡くなった人も、その思い出を忘れずに抱いていれば、概念の世界で生き続けられるのだ、ということをどうすれば伝えられるのか。その試行錯誤を、物語を通じて積み重ねている気がします。
――その想いに、何かきっかけはあったんですか?
蒼月:私自身が、怪談めいたことを少なからず経験しているんですよね。たとえば幼少期に死にかけたとき、三途の川なんて聞いたこともないのに、すきとおった青空の下、黄色い花畑が広がっている、なんて情景を見たことがあります。それから高校時代、放課後に廊下を歩いていたら、教室の窓から知らない男の子が身を乗り出して、こちらを見てにやにやしていて。顔の位置が不自然に高くてへんだなあ、と思っていたら、向こう側から先生がやってきて、「はやく帰れよ~」なんて私たちに声をかけたんです。その瞬間、男の子は教室に引っ込んだんですけど、みたら中には誰もいなくて。先生も「見ない顔だったなあ」と不思議がっていたんですけど、私をまっすぐ見据えていた男の子の後頭部しか、先生には見えていなかったはずなんです。ということは、彼の顔は両面についていたんだなあと……。
――ちょっと待ってください。いきなりめちゃくちゃ怖い話が始まりましたが!?
蒼月:すみません(笑)。何を言いたいかというと、つまり、不可思議な現象を解析していくと人間の仕業にたどりつくことの逆で、どんなに論理だてて考えてもつじつまのあわないことはこの世の中にたくさんありますよね。それもまたいつかは解き明かされるかもしれないけど、地動説が証明されたときのように、私たちの信じていた常識はすべてひっくりかえるかもしれない。あらゆる科学的な見地から、不可思議な存在に対する考察を深めていきたいという、未知の存在への探求心が私の小説を書くモチベーションの一つだからこそ、終末世界からの復興という今作を通じて、神の存在を問い直したかったんです。

――神とはなにか、信仰とはなにか。文化の異なる集落を旅する過程で、リンネとキリは何度も向き合っていきます。
蒼月:ラヴクラフトの小説がクトゥルフ神話として確立したように、私もオリジナルの神話をつくりたい、という野望は常々抱いていました。でも、地球上にはすでにあまたの神話があふれているし、どうせやるなら惑星のなりたちから始めたいなあ、と思って生まれたのが《エリュシオン》です。実は、先にあげた『要塞都市アルカのキセキ』と『終末惑星ふたり旅』も、舞台となる世界観は今作と同一なんですよ。視点を変え、舞台となる場所を変えて、いろんな角度から惑星そのものを深掘りすることで、私だけの神話を生み出したかったんです。



















