伊坂幸太郎、恩田陸らのヒット作を手がけた “伝説の編集者” 新井久幸インタビュー「喧嘩を売るつもりでオビを作っています」

 “伝説の編集者” 新井久幸インタビュー

書店で読者の目にとめてもらうために

――様々なタイプの作家とやりとりするなかで特に意識していることはなんですか。

新井:1つは親しき仲にも礼儀あり、です。また、原稿のやりとりに関しては、気になったことはとにかく伝える、ということ。ある作家が、作品について気になっていたことがあって、刊行後に担当者に話したら、「実は自分も気になっていたんです」と言われ、なんで出る前に話してくれなかったんだ、と思ったことがあったそうです。そういうのはよくない。まあいいかなとか思う時点で、やはり気にはなっているんです。お互い悔いのないようにしたいし、僕が何の気なしに言ったことが、後になって「あのとき言ってもらってよかったです」と言われることもある。そこは意識しています。

――新井さんのなかで理想とする編集者は、特に誰かいますか。

新井:特にはいないです。それよりも書店で本を見て、なんか気合入ってるなと感じる本を見つけると、「誰が作ってるんだろう」とは気になりますね。そういうのって、結構な割合で同じ人だったりするのが面白いです。お客さんとして書店へ行った時に目にとまるかどうか、そこを意識した本作りはやはり気になるし、意識しますね。そこまで言うなら読んでやろうじゃないかと思わせたくて、ある意味で店頭で喧嘩を売るつもりで、僕はオビを作っています。これだけ本が出ている世の中ですから、目にとめてもらわないと始まらない。普通にお行儀よくしていてもしょうがない。『重力ピエロ』のときもそうでした。「小説、まだまだいけるじゃん!」と、「どれだけハードルを上げて読んでもらっても絶対に失望させませんよ」と確信してやりました。そういう気合を感じる本は、自分でも手にとるようにしています。

尾崎豊『NOTES僕を知らない僕 1981-1992』(新潮社)

――「小説新潮」時代は、どんなことを考えていましたか。

新井:2010年から6年間、編集長をやりました。なんか変なことをやってやろうと考えて、夏の定番のホラー特集では、小泉八雲の『Kwaidan(怪談)』に習って、この表記で、語りの面白さに焦点をあてたホラー特集を企画して、稲川淳二さんに出てもらったりしました。当時は「Story Seller」というアンソロジーのシリーズを作っていたので、「小説新潮」の裏表紙を「Story Seller」のダブル表紙にしたりして、雑誌内雑誌的なこともしました。通巻800号の記念号では、「八百字の宇宙」と銘打って88人に800字で書いてもらうという鬼のような特集を組みましたね。

 忘れられないのは、尾崎豊の直筆ノートの特集。僕の10代は、尾崎豊、さだまさし、手塚治虫でできてますんで、3分の1は尾崎豊なんです。でも、彼は僕が大学4回生の時に亡くなってしまって、会うことはおろか、ライブに行くこともできなかった。創作ノートが残っているのは知っていたので、没後20年のタイミングでプロデューサーだった須藤晃さんに会いに行ったんです。自分がいかに尾崎が好きかを熱く語ると喜んでくれて、そこから企画が始まり、「小説新潮」では手書きの創作ノートをスキャンして載せ、活字にしたものは単行本(『NOTES僕を知らない僕 1981-1992』2012年)になりました。なんの伝手もコネもなく、ただ好きだからやりたいというだけでできたのは嬉しかったですし、編集部の若い人たちに、こういうこともできるんだと見せられたのなら良かったなと思っています。

 手塚治虫関係の特集は実現できなかったんですが、医療小説特集をやった時に「ブラックジャック」を表紙に使わせてもらいました。小説雑誌にしては変わったことをやっていると思われたくて、いろいろやりました。

新井久幸『書きたい人のためのミステリ入門』(新潮社)

――新井さんには『書きたい人のためのミステリ入門』(2020年)という著書がありますが、どういう経緯で書かれたんですか。

新井:「yom yom」という今はウェブに移行した雑誌があって、紙から電子書籍へ移行するタイミングで、当時の編集長に「ミステリの書き方の連載をしないか」と声をかけてもらったんです。僕も、長いこと新人賞の事務局をやってきて、色々と思うところがありましたから、何回か書いてみました。すると、「読んでますよ」、「本にしないんですか」とあちこちでいわれ、「新潮社で本にしないならうちでどうですか」といってくれる他社の人まで現れた。僕は単純なので、「よし、それなら本になるくらいまで頑張ろう」となったんです。最初に新書用の原稿をまとめたとき綾辻さんに相談したんですが、その際「せっかくだからもっと本を紹介すればいいのに」、「編集者のエピソードは面白いからもっと増やせば」とアドバイスをいただいて大幅に加筆しました。さらにオビにコメントまでいただいて、学生の頃からお世話になりっぱなしです。

 読書案内の部分は、クラシックを読んでほしいという強い気持ちがありました。ミステリには本歌取りのよさがあるし、○×を踏まえたうえで△□を読むから面白いという面もある。この本は韓国版、台湾版が出ていて、中国の簡体字版とインドネシア版も出る予定です。読んだ人が将来ミステリを書くようになったとか、ビッグな作家になる人が現れてくれたら嬉しいですけど、その頃にはもう死んでいるかもしれませんね(笑)。

櫻田智也『失われた貌』のすごさとは?

――そして、新井さんが担当した最新刊、櫻田智也『失われた貌』が出ますが、プルーフ(見本)を見て驚きました。「『夜のピクニック』『ゴールデンスランバー』『向日葵の咲かない夏』などを作り上げた担当作品累計1200万部超えの伝説の編集者が超絶プッシュ!!」と記されていて、ここまで編集者を前に出した文言をプルーフで見た記憶がありません。

新井:すごいのは小説を書いた作家で、編集者は別にすごくないんですけどね。口上(後述)のようなことを会議で話したら、プロモーション部でフロスト好きの人間が反応して、ゲラを読んで「すごく面白かった」といってくれた。プロモーションや営業の人間が乗ってくれるといろいろやれるんですよ。最初はヒットの延長線上のホームランを目指すつもりでしたけど、「ホームラン狙おうよ!」と言われて、もう、それに乗るしかないな、と。「伝説の編集者」とか言われるのは恥ずかしいし、おこがましくもあるのですが、売るためならなんでもやろう、という気持ちになりました。伝説コピーも口上も、「なんだかよくわかんないけど、気合い入ってるな」くらいに読んでくれればいいんです。

 ただ、プロモーションとしてプルーフではネタ的に煽ってもいいけど、本当の単行本では勘弁して欲しいとお願いしました。実際の本の帯は、伊坂幸太郎さん、恩田陸さん、米澤穂信さんの推薦文が載るという、なかなか実現できない豪華なことになっています。「本物の「伏線回収」と「どんでん返し」をお見せしましょう」と大上段に書てますけど、さっきの話じゃないですが、「本物ってどういうこと? そこまでいうなら読んでやろうじゃないか」と、手に取ってもらえたらいいなという意図です。

 櫻田さんは『サーチライトと誘蛾灯』でデビューして、2017年末に出た単行本を読んでいいなと思い、2018年の1月に会いに行きました。新人賞でデビューした東京創元社から3冊出さなければいけないというのは聞いていたので、「その後に書下ろし長編をやりたいですね」と話して来ました。去年、3冊目の『六色の蛹』が出て、いよいよ長編のご相談ができますねとなったんですが、聞くと「少し書いてみたけど、なんかうまくいかない」と書きあぐねている様子でした。それで、「編集者は何かないとやることがないんで、プロットでも原稿でもいいので8月末までになにか送ってください」と伝えました。プロットがくると予想していたら、いきなり冒頭の原稿がきて驚きました。死体が登場して、いかにもな始まり方で、しかも警察ものっぽい。でも、冒頭だけだから先がどうなるか全然わからないし、気になるところがあっても、伏線かミスかもわからない。だから、細かいことは気にしないことにして、どんどん書き進めてくださいと、毎月少しずつ原稿を送ってもらいました。櫻田さんは遡って手を入れたりもしたので、途中でいきなり人名が変わって戸惑ったりもしましたね。これ誰? って(笑)。

 今年の2月くらいに最後まで進みました。ミステリの骨格はそのままですけど、人間関係や細かいところが結構違って、長さも今の1.3倍くらいあった。そこから、こういうところをもっと読みたいとか、ここはちょっと長いと思うとかお伝えして、改稿のやりとりを2か月弱の間に週1位の勢いでやりました。プリントアウトに鉛筆を入れて送るんですけど、届くのに二日かかるから、時間の節約のためPDFを先に送るんです。すると、PDFを見て改稿案がすぐ届く。僕の方は、1、2週間はかかるだろうと思って油断してたんですが、3日後くらいに直しが戻ってきて、マジかと思いました。すごいのは、1カ所ここが気になると話すと意図が伝わって、別の機会に伝えようと思っていたほかのところも全部ピシッと手が入ってくる。こっちも負けられない! みたいな気持ちですごい勢いでやりとりしました。とても楽しく、濃密な時間でした。

――プルーフには、新井さんが書いた「担当編集者からの、長くてクドい口上」が付いていましたが、そこにはコリン・デクスター、エラリー・クイーン、ロス・マクドナルド、「フロスト」シリーズなど、ミステリ関係の固有名詞が多く出てきますね。

新井:すでにいただいている感想でも『失われた貌』は「地味だけどいい」とよく言われます。流行りの一発ネタとか特殊設定ではないので地味にみられがちですけど、「こんなにすごいことをやっているんだよ」とわかってほしくて、どこがすごいかを口上でくどくど書きました。

――長くミステリにかかわってきて、今をどうとらえていますか。

新井:ミステリ研にいた頃は、いわゆる「本格」の新刊に飢えていて、出ると驚喜して飛びついたものですが、今は毎月読み切れない程の新刊が出る。いい時代になったなあと思います。そして、先輩作家たちがあまりに偉大なので、京大ミステリ研は作家はすごいけど編集者はヘボだと思われたら恥ずかしいですし、先輩たちをガッカリさせたくはない。学生時代の恩に応えるためにも、頑張らないといけないな、とは常に思っています。

■書誌情報
『失われた貌』
著者:櫻田智也
価格:1,980円(税込)
発売日:8月20日
出版社:新潮社
https://www.shinchosha.co.jp/book/356411/

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