『あしたのジョー』ちばてつや、漫画家人生の始まりは満州での戦争体験ーー自伝『屋根うらの絵本かき』の細部に宿るもの

ちばてつや、自伝の細部に宿るもの

 本日発売された、『カラー版 ちばてつや自伝 屋根うらの絵本かき』(双葉社)は、『あしたのジョー』や『ハリスの旋風(かぜ)』などで知られる名匠が、美しいイラストと味わい深い文章で、自らの波乱に満ちた“漫画家人生”を振り返った渾身のドキュメントである。

『カラー版 ちばてつや自伝 屋根うらの絵本かき』(ちばてつや/双葉社)

 ちばてつやは、1939年、東京府生まれ。同年、家族とともに日本を離れ、1941年から終戦の年まで満州で暮らす(父親は同地の印刷所に勤めていた)。

 敗戦にともない、世界は一変。昨日までは優しかった(少なくともそう見えていた)中国人たちによる暴動や略奪を目にして、ちばは衝撃を受ける。だが、彼がそのとき知ったのは、人間の醜い面だけではなかった。

 父の会社の部下だった徐集川(じょしゅうせん)という人物が、行き場を失っていたちばの一家を、しばらく自宅の屋根裏部屋に匿ってくれたのである。翌年、なんとか一家はふたたび日本の地を踏むことができたものの、この時の「屋根裏生活」がなければ、のちの“漫画家・ちばてつや”は誕生しなかったかもしれない。

 当時を振り返って、ちばはこう書いている。少し長くなるが、引用してみよう。

 外に出たい弟たちが駄々をこねると、おふくろが末っ子に乳を含ませながら合間に物語を作って聞かせるようになった。だが、アイデアに詰まって何度も同じ話が続くようになった。弟たちが「もう、その話は聞いたよ!」と騒ぎ出す。やがて、おふくろは音を上げる。

 「徹弥(てつや)、あんたが何かお話ししてやりなさい」

 しかたがないから、今まで読んできた本の物語をまぜたような話を作り、ヤレ紙に絵をかきながら、話して聞かせるようになった。

 どんなストーリーだったか、くわしく思い出せないが、弟たちが目を輝かせ「次、どうなんの?」と熱心にせがんだ。すると、もっと面白い話を作って喜ばせてあげたい、そんな気持ちになってくる。

 僕は何週間もこの薄暗い屋根うら部屋に閉じこめられ、次にかく絵を熱心に待つ弟たちの期待を背に感じながら、せっせと新しい物語を作った。

 「ものをかいて喜んでもらうって、楽しいもんだな」。このときの体験が、僕の漫画家としての下地をつくったように思えてならないのだ。

~ちばてつや『カラー版 ちばてつや自伝 屋根うらの絵本かき』(双葉社)より~

『カラー版 ちばてつや自伝 屋根うらの絵本かき』(ちばてつや/双葉社)P54-55より。
漫画家・ちばてつやの原点とも言える、満州での「屋根うら」生活。

 そう、この、「ものをかいて喜んでもらうって、楽しいもんだな」という純粋な想いこそが、いまなお漫画家・ちばてつやを突き動かしている力の源(みなもと)であり、それを育んだのが、徐家の屋根裏部屋だったのだ。

 繰り返しになるが、幼い頃、広大な満州の地で、ちばは人間の醜い面と温かい面を同時に知った。そしてそれは、彼の心に深く刻み込まれた。だから彼が描くキャラクターたちは、善人も悪人も、生々しい存在感を放っているのだろう。さらにいえば、彼が善とも悪ともつかない型破りなアウトロー(石田国松、上杉鉄兵、矢吹丈、坂口松太郎など)を好んで描くのは、1人の人間の中にある両義性を、子供ながらに知ってしまったからに違いない。

「物語の本筋と関係のない描写」が、作品に深みを与える

 1956年、17歳のちばてつやは、貸本漫画『復讐のせむし男』でデビュー。

 その後は少女漫画誌での活動を経て、少年漫画の世界に。1968年、原作者・高森朝雄(梶原一騎)とタッグを組んで連載を開始した『あしたのジョー』は、掲載誌(「週刊少年マガジン」)の発行部数を大幅に伸ばしただけでなく、社会現象的な大ヒット作になった(たとえば、矢吹丈のライバル・力石徹の葬儀が、実際に、寺山修司を喪主にして、講談社の講堂で行われたりした)。

 『屋根うらの絵本かき』でも、そんなちばがプロデビュー後に経験した、まさに“漫画みたい”な出来事がいくつも披露されているのだが、とりわけ注目すべきは、前述の“名パートナー”梶原一騎をはじめ、手塚治虫、石森(石ノ森)章太郎、赤塚不二夫、つのだじろう、藤子不二雄、松本零士、やなせたかし、そして、実弟・ちばあきおといった、ともに戦後のコミックシーンを盛り上げてきた先輩や盟友たちとの思い出だろう。

『カラー版 ちばてつや自伝 屋根うらの絵本かき』(ちばてつや/双葉社)P242-243より。
実弟・ちばあきおとの思い出を振り返って。

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