士郎正宗は『攻殻機動隊』だけじゃないーー担当編集者・桂田剛司に聞く、『士郎正宗の世界展』の見どころ

『攻殻機動隊』担当編集者インタビュー

あの絵を見て何か思わない人はいない

Chapter8 士郎正宗のイラストワーク

――実際、士郎正宗を知らない人も虜にする力が展示物にはあります。

桂田:あの絵を見て何か思わない人はいないんじゃないかなと個人的には思っていて、士郎さんを本当に何も知らない人がフラッと入って来て展示を見たとしても、感動できるくらいの絵なのでぜひ足を運んでもらいたいですね。

――その絵についてですが、どこに魅力があると感じてますか。女性キャラクターは強そうでスタイルも抜群で魅力的です。未来的なメカやガジェットも想像力が感じられて引き込まれます。

桂田:士郎さんはお姉さんや妹さんの影響で女性コミックから漫画に入っているため、線が柔らかいということが特長だと思います。大友克洋さんのフォロワーでもあって、背景がキャラクター的になる描き方もされますが、やはり最大の魅力は密度ですね。ひとつの画面における密度が凄いです。あまり直線がなく曲線を使われていて、カメラも魚眼的なので、それだけひとつの絵における情報量が増えるんですが、それをリアリティのあるパースに落とし込める技術が凄いですね。メカに関しても、技術を知っているが故のデザインで、リアルな社会に置いてもヘンではないんです。そこに鳥山明さん的なデフォルメが入って、キャラ化しているところは漫画家なんだなあと思います。

――メカのキャラ化といえば、『攻殻』に登場するAI搭載型戦車のフチコマだけでコーナーを作っていたところに愛が感じられて良かったです。

桂田:フチコマというキャラクターの可愛さを出したいという狙いがありました。アニメでタチコマやロジコマとして知られているものでも、ベースはフチコマなんだということを知らしめたい、ちゃんとお伝えしたいと考えて展示しました。

フチコマのコーナー

――士郎さんの作品に描かれている内容についてはいかがでしょう? 近未来のテクノロジーに関する描写や紛争が絶えない社会の描写は、現実を大きく先取りするもので今も有効です。

桂田:会場にも蔵書として展示してありますが、士郎さんは科学雑誌の「日経サイエンス」をひたすら読まれているような方で、研究者並みの知識量や情報量を持たれています。それを本人は妄想だとおっしゃっていますが、しっかりとエンターテインメントに落とし込んで見せてしまうところが才能なんじゃないでしょうか。それについて言うと、デビュー作の『ブラックマジック』が時代的に1番遠いんです。そこから『アップルシード』があって『ORION』があって『攻殻』からさらに遡って原案を手がけた『紅殻のパンドラ -GHOST URN-』で、今から1番近い世界を描かれています。ようやく『攻殻』の世界が肌で想像できるようになった現在からずっと昔に、人類が宇宙に出ていくしかない未来を『ブラックマジック』で描いた先見性はやはり凄いです。

――そうした士郎さんの想像力であり先見性に触れられる展覧会ということですね。ユニークだったのが、展示を順路形式にせず大部屋の各所に作品ごとのコーナーを設けて見せたことです。どのような意図があったのでしょうか?

桂田:世田谷文学館でのこれまでの展示と比べると点数が少ないことがあります。士郎さんの生の原稿が実はそれほど存在していないんです。阪神・淡路大震災の際に痛んでしまって、それでも構わないとお願いしたのですが、士郎さんとしては人に見せられるものではないと判断されたんだと思います。それでも出せるものは全部出していただいて350点くらい展示できました。その上で、立ち止まってじっと見入る方が滞留してしまうこと、壁で仕切って回廊のようにしてしまうとこちら側が見方を決めてしまうことを考慮して、大部屋に展示するような設計にしました。やはり、士郎さんの作品は全部繋がったところがあるので、『アップルシード』を見てから『攻殻』を見てまた『アップルシード』を見るような、行ったり来たりができるようにしたかったことがあります。

Chapter5 攻殻機動隊のカラー原稿

――展示してある原稿については筆致も彩色もしっかり残っていて、ていねいに保管されていたと感じました。

桂田:神経を使って保管されていると思います。士郎さんが使った画材も展示していますが、それらを送っていただいた時、1点ずつ型抜きされたスポンジの中に収めたものが透明ケースの中に入って届きました。物を大切に扱う性格の方なんだと思います。今も士郎さんとは郵便で連絡を取り合っているのですが、その郵便物もとてもていねいです。

――デジタルで描くようになった今もネットは使わず郵送しているのですか?

桂田:デジタル原稿もデータをディスクに入れて送られて来ます。今回の展覧会に展示したデジタル原稿のイラストは、ご自身で色調整をした上で出力したものを送っていただきました。データをいただいて印刷所で色合わせをしたものを確認してもらうことも提案しましたが、色校のチェックが煩雑になるのでそれなら自分で出力した方が早いということでした。あとはやはりデータの流出を心配されています。ネットにアップされた時点でどれだけ気をつけても流出の可能性はゼロではなくなります。自身でそうした世界を描いていることもあって、しっかり管理しようとしているようです。自宅でのデータのバックアップもしっかり取られてますし、落雷への対策も凄いです。

――デジタル時代を知り尽くしているからこそ、逆にアナログにこだわる方といった感じですね。生の漫画原稿については、雑誌なり単行本で読むときは欄外の細かくて膨大な脚注も含めて作品になっていましたが、展示してある原稿には脚注がついていません。

桂田:そこは難しかったところで、改めて脚注を貼ることで原稿が傷んだり変色したりするのが、ご本人としては気になったようです。脚注の写植自体はすべて袋に入れて取ってあって、再現しようと思えばできましたが、今回は貼らないで良いとおっしゃられたのでそうしました。

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