速水健朗のこれはニュースではない
村上龍『昭和歌謡大全集』登場人物のモデルにも……TOKYO FMプロデューサー・延江浩との思い出

下り坂に差し掛かっているなんて、村上龍くらいしか感じていなかった
延江浩、先週亡くなってしまった。67歳。『村上RADIO』のプロデューサーなのだから、村上春樹、龍ともに一緒に仕事をしていた。実際のポジションとしては、とても偉い人で、局の若い世代なんかからは大先輩、場合によっては威張り腐っていたのかもしれない。でも、偉ぶるよりも愛嬌が前面に出るところがある。大物感と小物感が同居している。これが僕の知るノブリン像。通夜にも行ったのだが、皆。いろいろな話をしていた。局の目の前ですべって骨折した話、でかいバイクが好きだった話、取材先の地方で小川と間違ってドブ川に頭を突っ込んだ話。みんなのノブリン像、僕が知っている延江さん像、そして『昭和歌謡大全集』のノブエというキャラクター。全部がそれぞれに重なっていく。
『昭和歌謡大全集』は1994年刊行。日本社会が一番、危機感を持つことなく日常を送れていた時代。バブルは崩壊しているけど、一般にははじけてよかったねって思われていた。不況が続くなんて危機感は誰も感じていない。まして日本が下り坂に差し掛かっているなんて、村上龍くらいしか感じていなかった。
小説の中の若者たち、つまりノブエ(その性格の部分まではモデルではないだろう)らは20代(実際の延江さんは当時30代)。特に熱中するものもなく、コンピューターとかナイフに興味を持ち、恋人がいない。まだ言葉はなかったが、弱者男性たちの話。敵対するミドリ会、中年女性グループは40才前後。皆、そこそこ裕福で子育ても一段落付き、自由気ままにカラオケパーティで楽しむ日々を送る。
山田風太郎の忍者小説であれば、伊賀と忍者は、宿命、意地、プライド、悲恋の物語を背負わされているのだが、彼らカラオケグループにはそれがない。むしろからっぽである。そろそろ日本の人口も減り始めるだろうという将来が見え始めた時代。次世代をもう残すことにやっきにならない民族が、互いに殺し合いを始める。そういう小説が『昭和歌謡大全集』である。龍作品でもっとも好きな作品。
個人的なエピソードをひとつ。かつてTFMでやっていた『TOKYO SLOW NEWS』という番組で、ノブリンが一度だけ代打プロデューサーに入ったことがある。僕が生放送中に言ったことが、ちょっと社内的に問題をはらみ、局の偉い人が放送ルームに飛び込んできた(僕はリモート出演だったのでその様子は見ていない)。
曲の合間に、ノブリンから「速水くん、さっきの発言、訂正してほしいって」と言われた。プロデューサーが出演者に直接言うのは、つまり「上からの要請」ということ。LINEで届いた訂正メモは、A4にびっしり手書きで、しかも読めない。これは今では笑い話だ。
コロナ禍で、テレビ局の社員が熱を出したまま出社したことで問題になった。あれと同じようなことがTFMでも似たことがあって、番組で発表した。そういう回だから偉い人も聴いていた。「熱はなかった」ってのが訂正の内容。まあ、あの頃の日本人は皆おかしかった。延江さんも板挟みでさぞ困っただろう。こちらも困ったが、あのときの延江さんの手書きのメモが今手元にある。60代の男性が書く文字のイメージと違う、丸っこい愛くるしい少女文字だ。思わず吹き出してしまった。そんな話をネタに、また飲みに行きたかったですね。
■書籍情報
『これはニュースではない』
著者:速水健朗
発売日:2024年8月2日
※発売日は地域によって異なる場合がございます。
価格:本体2,500円(税込価格2,750円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5変/184頁
ISBN 978-4-909852-54-0 C0095




















