「アンパンマンは大人に響くメッセージの宝庫」哲学者・小川仁志に聞く、やなせたかしから学ぶ人生のヒント

選んだのは、シンプルながらも深い意味を持つセリフ

――本書では、そんな魅力的なアンパンマンの物語の中から「勇気」や「正義」、「自己犠牲」や「生きる意味」といったアンパンマンらしいテーマに沿って、登場キャラクターたちの名セリフを抜き出して解説しています。

小川:セリフの言葉だけを見て、ハッとさせられるものというのは、実はそれほど多くないんですね。アンパンマンは小さな子どもでも理解できるように作られているので、セリフ自体は非常にシンプルです。だからこそ、重要になるのは、そのセリフが発せられる文脈です。本書では、シンプルなセリフが文脈とともに非常に深い意味を持つことになるシーンを中心に選んでいきました。

  たとえば、第4章で取り上げたジャムおじさんのセリフに、「自然を愛する人っていうのはたくさんいるが、ちょっと違うみたいだなぁ」という言葉があります。これだけ聞くと、どういう意味なのかすぐにはわかりませんよね。でも、これは非常に奥深いセリフなんです。

『愛と勇気とアンパンマンの言葉』94-95ページより

  このエピソードでは、“ふけつまん”というキャラクターが登場します。彼は掃除や洗濯をしない自分の行動を正当化するために、「何も手を加えないことが自然にとって一番いい」と主張するんです。一見すると、「確かに自然はそのままがいい」という考え方も理解できますよね。でも、人間というのは、自然の一部であると同時に、自然の摂理を超えてその体系を壊してしまっている存在です。だから、今さら何もしないことは、かえって自然を壊す無責任な行為につながってしまうのです。ジャムおじさんはそのことを指摘し、「人が汚したものを美しくすることこそが、本当の意味で自然を守ることだ」と教えてくれます。

  そうしたストーリーを汲み取って、いま一度、ジャムおじさんのセリフを見てみると、「自然を愛する」とは何なのか、 積極的に関与し、より良い状態にすることが愛なのではないかと、その本質を考えるきっかけを与えてくれていることがわかります。こうした疑問を投げかけるジャムおじさんは、私には哲学者そのものに見えました。

――本書は「大人のためのアンパンマン」をテーマに掲げています。特に「これは大人こそ深く考えてほしい」と思ったセリフ&エピソードを紹介するとしたら、どんなものが挙げられますか?

小川:バタコさんの「でも、ハッピーの押し付けはよくないわよ」というセリフが印象的なエピソードです。この話では、「もっとハッピーになりたいでしょ?」と、自分の考える幸せを押し付けてくるしあわせぼうやが登場します。

  この場面を見たとき、私たちも無意識のうちに同じことをやってしまっていないかと、ハッとさせられました。特に親や教師は、自分の価値観に基づく幸せを子どもに押し付けがちです。その結果、子どもたちが苦しみ、不登校が増え続ける今の事態を招いているのではないでしょうか。また、子どもだけでなく、大人も社会の描く「理想の幸せ」に縛られ、息苦しさを感じ、引きこもりなどの状態に陥っているのかもしれません。

  でも、このアンパンマンのストーリーでは、幸せとは、それが何かを自分自身で自由に考え、その実現のために努力することでようやく手に入ることを教えてくれます。だから、本来周りの大人は、その後押しをするために協力してあげないといけないんですね。たとえ、それが大人の考える幸福観と異なっていても。大人には、このエピソードを通じて、「あなたもしあわせぼうやになっていませんか?」と問うてもらいたいと思いました。

――確かに、親は自分の考える幸せを子どもに押し付けがちですよね、アンパンマンは親子で観る機会も多いと思うので、もしかしたら、作者のやなせさんがそうしたメッセージを親側に発していたのかもしれませんね。

小川:そうなんです。最初に申し上げたように、アンパンマンには大人にとっても大事なことがたくさん描かれているんですが、大人の目線で見ると、「このメッセージって、直接大人に向けて発せられていない?」と思うようなこともいっぱいあるんです。だから、この本はアンパンマンをお子さんと観るときの参考書としても活用してほしいなと思っています。ただ観るだけでなく、親子で「この物語にはどんなメッセージが込められているんだろうね?」と話し合うことは、子どもの考えを深めるきっかけになるはずです。本書はその手引きにもなり得ると思うんですね。

――一方で、読者にとって意外に感じるような深い意味を持つセリフはありましたか?

小川:アンパンマン自身のセリフには、そういった一見シンプルながらも、深い意味を持つものが多いんです。彼は素朴に言葉を発しますが、よくよく考えてみると、その一言に本質的な問いが含まれていることがよくあります。

  たとえば、スタイルやルックスに自信満々のソフトクリームマンというキャラクターが、アンパンマンに対して「マントがダサい」「自分の人気にはかなわない」といった言葉を投げかける場面があります。これに対して、アンパンマンはただ一言、「ふうん。変わった人だなぁ……」とつぶやくんです。これは別にアンパンマンが能天気だったり、負け惜しみを言っているわけではないんです。アンパンマンにとってみれば、容姿で人を判断するソフトクリームマンがただただ不思議でならなかったんです。

『愛と勇気とアンパンマンの言葉』190-191ページより

  でも、アンパンマンがこうしたセリフを投げかけると、私たちも「あれ? 確かに、見た目の良さばかりを重視する今の風潮っておかしいよな?」「本当に大切なのは見た目なのか?」とあらためて考えさせられます。そして、「本当のかっこよさって何だろう?」という問いが自然と生まれてくるのです。ある意味、アンパンマンの視点というのは、私たちが当たり前だと思い込んでいる価値観に疑問を投げかけるソクラテスのような鋭さがあります。物語の中にこうした問いを立てるアンパンマンと、物事をいつも深く考え抜いている哲学者のようなジャムおじさんが共存していることも、『アンパンマン』の哲学的な魅力のひとつだと思います。

関連記事